第266回セミナー報告「認知症改善に役立つ時間生物学」2025年6月
2025年 06月 23日科学技術者フォーラム2025年6月度(266回)セミナー報告
「認知症改善に役立つ時間生物学」
日時:2025年6月7日(土) 14:10~16:45
会場:品川区総合区民会館(きゅりあん)5F第4講習室+ZOOMオンライン
参加:35名(会場24名、WEB11名)
講師:公益財団法人 国際科学財団 時間生物学研究所 所長
医学博士 石田 直理雄 氏
【講演要旨】
1.体内時計遺伝子
・あらゆる生物組織細胞に体内時計遺伝子がある。
・2017年のノーベル生理学・医学賞は、ショウジョウバエの体内時計を生み出す遺伝子と分子機構を解明したJ. C. HallとM.Rosbash, M. Youngの3博士に授与された。
・時計遺伝子period 遺伝子(per) のmRNA発現レベルは約24時間サイクルで振動しており、夜早くにピークとなり、遅れてその遺伝子産物であるPER蛋白質が最大となる。
・PER蛋白質が増加すると、per遺伝子の正の転写因子CLOCKやBmal1を抑制するフィードバックループが働き、生物の24時間振動の細胞時計の基本モデルとなっている。
・ショウジョウバエでは1種のper遺伝子、ヒトでは3種のper遺伝子が同定されている。
・演者ら産総研グループは、ヒト・ラットのPeriod1,2,3遺伝子を同定し中枢時計(SCN)の破壊により末梢時計の発現リズムが無くなる事をいち早く報告。さらにPER蛋白質レベルは24時間特異的にカゼインキナーゼ(CKI)によりリン酸化を受けて分解していることを報告。
・また、CKI(細胞周期進行阻害酵素)によるPERリン酸化(時間特異的分解)やPER蛋白質の蓄積を遅らせるdbt遺伝子など体内時計に関する基本的な機構はショウジョウバエからヒトまで共通であることも明らかにした。
2.ショウジョウバエを利用する主な理由
・遺伝子の8割がヒトと共通。
・ヒトは約80年だが、ショウジョウバエのライフサイクル(寿命)は2か月と非常に短い。
・すべての遺伝子のP因子変異体や過剰発現体が揃っている。
・ヒトの生物時計遺伝子をショウジョウバエに組み込むと、活性化する(FMR1遺伝子は共通)。
・ショウジョウバエの求愛行動が5㎜以内に雄が雌に近接するのを基準にして、計測可能。
・独自の測定系(AutoCirCas)を開発。
3.体内時計を理解すると
①異性に興味を失わない。
②きれいな肌を保てる
③良い睡眠をとれる
④健やかに老いる。
4.パーキンソン病(PD)モデルショウジョウバエと恋する心
・ショウジョウバエの概日時計的求愛行動は低栄養状態の飼育で失われるが、ミオイノシトールを含むアイスプラント飼料を与えると回復。
・ヒト家族性パーキンソン病(PD)原因遺伝子を組み込んだPDモデルショウジョウバエを作成し、ミオイノシトール含有飼料を給餌すると雄の求愛リズム行動を上昇させた。
・イノシトール合成酵素iNOSは脳と精巣で主に発現しているが、脳iNOSを抑えると求愛行動が阻害され、iNOS遺伝子をノックアウト(KO)するとマウスの精子形成が阻害され雄は不妊となる。
・iNOSをKOした雄と掛け合わせた雌の子宮がバージンと変わらない状態になる。
5.体内時計(生活リズム)ときれいな肌の保持
・24時間振動の細胞時計のリズムは、加齢に伴い、変化して、メリハリが無くなる。
・肌の保湿成分であるセラミドの合成酵素は、時計遺伝子per1/per2に強く支配されている。
・加味帰脾湯や温経湯、酸棗仁湯を摂取させると、睡眠異常やパーキンソン病が改善する。
6. 認知症にならないために
・サフランやクロセチン類の摂取は、アミロイドβ・タウ凝集を阻害し、アルツハイマー型認知症の進行抑制やαシヌクレイン凝集を阻害しパーキンソン病改善に有効。
7.交流電解暴露の健康効果
・ショウジョウバエに交流電解暴露すると、寿命が2割延びる。
・昼間の交流電解暴露は睡眠の量と質を改善させた。
・交流電解暴露は、光受容体蛋白質Cryptochromeで受容され、体内ATPレベルを増加させ、快適な睡眠を導き、長寿命化する。
・Cryptochromeは磁場の受容体である事も解明された。
*人間が使用できる医療機器も販売されている(ヘルストロン:白寿)
【主な質疑応答】
Q1:日本人の睡眠は短いと言われている。良い睡眠時間とは?
⇒ 一般に歳をとるほどREM睡眠時間は減少し必要睡眠時間は短くなる。必要な睡眠時間は人により異なり、特に時計遺伝子のSNPの違い等により個人差は大きい。もちろん前日の運動量や覚醒度にも大きく影響される。何時間寝たという自己判断よりREMとNONREMがどんな周期でリズミカルに出現したかという質的評価が重要となる。
日本人の寿命は世界一だが、健康寿命は伸びていない。健康寿命を延ばして、健やかに老いることが重要。これには体内時計を意識し、できれば朝起きた時さわやかな気持ちで、一日充分活躍できるような睡眠をとる。結果として健康寿命が延び、健やかに老いることができる。
Q2:睡眠の質改善法は? 健やかに老いるためには? きれいな肌を保つには?
⇒ 漢方薬が良いことが分かってきた。1分子・1レセプターを中心とする西洋医学は限界で、複合的作用効果が出ている漢方薬が今後大変重要である。
Q3:昼と夜の作用は発現によるものか、破壊(分解)によるものか?
⇒ 遺伝子レベルのフィードバック発現調節とタンパク質レベルの合成・分解の相互作用。またクロマチンレベルでの昼夜でのオープン・クローズのダイナミックな調節も重要である。すべての細胞で起きる普遍的調節である。体内時計は細胞の中での自転であるとの名言もある。
Q4:β―アミロイドの分解・除去法?
⇒ 動物実験ではクロセチンによる分解が確認できているので、認知症改善は可能性がある。しかし、ヒト対応の研究報告はこれからである。
Q5:体内時計遺伝子はどこから来たのか?時間生物学という名前の由来は。
⇒ 生命は振動体。地球に自転、公転、太陽の自転周期に伴って体内時計分子機構ができたと考えられる。本日は時間の関係でご紹介できなかったが、一年で変動する季節時計や90分で振動するREM/NREM睡眠周期等も存在する。現在、ショウジョウバエからヒトまで共通の体内時計遺伝子が明らかにされてきた。今後バクテリアから植物やヒトまで共通のシステムが見つかる可能性もある。 時間生物学はChronobiologyの日本語訳であり、日本でも古くから学会が存在する。詳細は日本時間生物学会ホームページhttps://chronobiology.jp/を参考にされたい。
【所感】
「時間生物学」というテーマですが、私の本棚に「生物リズムと生物時計」という1982年刊の「蛋白質核酸酵素」増刊号が本棚でほこりをかぶっていました。
少し茶色になったページをめくると、今回のセミナー内容と違って、遺伝子レベルまで掘り下げた研究はあまりありませんでした。
モデル生物としてショウジョウバエを選び、遺伝子レベルからの研究が進められているのに感動したと同時に、四十数年前から、いきなりワープしたような感覚でした。
空白の時間を埋めるためにも、先生により紹介された本を熟読しようと思っています。
石田先生の今後ますますのご活躍、ご発展をお祈り申し上げます。
【報告者:碇 貴臣】