第263回 セミナー 報告「エンタテインメントについて考える-社会に対する影響と貢献―」2025年3月
2025年 04月 12日科学技術者フォーラム2025年03月度(第263回)セミナー報告
「エンタテインメントについて考える -社会に対する影響と貢献―」
日時:2025年03月22日(土) 14:00~16:45
会場:品川区立総合区民会館(きゅりあん)4F 第1特別講習室+ZOOMオンライン
参加:35名(会場22名、Web 13名)
演者:
元)京都大学経営管理大学院特命教授、
MEI(Material Evaluation Institute)
MISTRAS Group, Inc.日本担当VP
工学博士、博士(学術) 湯山 茂徳 氏
【講演要旨】
1.エンタテインメント(以下、エンタメ)の定義
単なる娯楽以上のものとして、何らかの行事(イベント)を実施し、それに伴って行われる芸術的、芸能的、あるいはスポーツなどのパフォーマンスやプレゼンテーションにより、多くの人々の心に直接訴えかけて感動を引き出し、共感を呼び起こし、希望を与え、生きる喜び、そして未来への夢と、生きてゆくための力を提供すること。すなわち人々に幸福をもたらすこと。
エンタメに欠かせない飲食(接待、饗応)、ヨーロッパでは「客をもてなす」の意は15世紀後半から、「快くする、楽しませる」の意は1620年代からあった。日本語では、大鏡 道長上(平安時代後期)や徒然草に「饗応」の言葉が出てくる。
2.エンタメの歴史
古来より、エンタメの1つの形態である「祭り」は、人々の生活に深く根差したものであり続け、政治自身が「祭り事」と呼ばれるように、密接で強い関係にあった。宮中行事はその特別な事例であり、茶事は戦国時代以降、今日に至るまで、政治的決断を下すための1つの場として大きな役割を果たしてきた。アメリカの大統領選は政治のエンタメ性を示す典型的なイベント例であり、また、ナチスの台頭もこの力を悪用した成果ともみなし得る。古墳の埴輪群もエンタメ事例である。
3.エンタメは人間独特のコミュニケーション手段
人間(ホモサピエンス)のみが持つ、特殊なコミュニケーション能力(言語能力)に基礎を置くもので、チンパンジーやネアンデルタール人にはない。ある事象で起こった感動を多くの人に伝えて共有し、共感の連鎖を起こすことで成り立つエンタメは、人間が、生存のため長期にわたって育んできた特質や機能に関連している。
4.伝達の在り方、エンタメ力・エンタメエネルギー
・ 個人、グループ、社会、地域、国などの組み合わせで伝達の在り方も変化する。旧メディアでは伝達が一方向性の新聞、ラジオ、テレビで、対象人数は数万人~数億人である。一方、新メディアの媒体はインターネット、SNS(情報伝達のネットワーク化)で、数千万人~数十億人が対象、データ採取・利活用が可能である。
・エンタメ力によって励起された個人~社会などの感動や共感が、積極的な行動、自発的行動の発信・発散作用となる(エンタメエネルギー)。エンタメ力の評価は金銭額で、エンタメエネルギーは、観客動員数やアクセス数、ダウンロード数、販売数、視聴率で評価できる。
・負のエンタメとしては、不安、病、飢餓、危機、災害、戦争、犯罪、暴力、いじめ、恨み、死など、さまざまなものがある。
5. エンタメの要素
・楽しいこと、苦しいこと、感動すること。
・脳科学、心理学、文化人類学、教育学、比較認知科学などの領域と密接に関連。
・快感が期待されると、脳内にドーパミン(報酬効果物質)が急速に分泌される。
・リラックスする行為(ストレスフリー)では、セロトニンの分泌あり。
・本能に基づく行動と共に、脳の進化と成長で得た文化活動に、大きく関与する。
・fMRI検査装置(脳の形態と機能を同時計測)により、経済活動における決断と、脳内活動とが関連付けられた。
・行動経済学(経済学と心理学が融合した学問)。
6.エンタメの基本行為(事例紹介ビデオがあった)
・人間が動物であることに起因するものには、食(生命維持)、生殖(種の継続)、戦い(個の生命や種の存続)、愛に関するものがある。
・文明や文化が関連する行為としては、美の認識と評価、自由な表現(自分を表現する行為、他の人に自分を知ってもらう行為、他の人に称賛される行為)、学習と教育、価値創造、共感、挑戦、発展、晴れ舞台がある。(事例紹介ビデオあり)
・国威や権威の発揚、同化する行為としては、城、宮殿、軍事パレード、オリンピック、ワールドカップ、モニュメントや名所、権力行使する行為がある。
7.エンタメの社会貢献(心の復興へのイニシアティヴ)
・東日本大震災時におけるイベントの自粛時、心の復興としてのエンタメ活動があった。
例:渡辺謙のウエーブサイト「絆」立ち上げと世界への呼びかけ、白鵬の被災地訪問等。
・エンタメの社会貢献の悪用例としては、独裁政権の(エンタメ(飴)と監視機構(鞭))。例として、ローマ皇帝(パンとサーカス)、ヒトラープロパガンダ、宣伝省の利用)、旧ソ連、ポピュリズムがある。
8.芸術とエンタメ(両者の違い)
・芸術:時代を超越した普遍性を持ち、新たに創造した物や価値を人々、そして社会に問いかけ、その厳しい評価に耐え、時代を超えて人間を感動させる力を持つもの。
・エンタメ:芸術的要素にその根幹を置き、芸術と共通の価値観や様態を多く共有するが、時代の背景や風潮に強く影響され、流行に左右されるもの。より娯楽性が高く、時代の流行に左右されるもの。
9.エンタメの基本価値
・(人間のみが持つ、独特のコミュニケーションの方法:働きかけと受け入れ)
① 人を引きつける魅力、②娯楽,嗜好性、③創作、鑑賞、参加の三方面、④個人、あるいは社会の幸せ度や成熟度を測る尺度 ⇒真の意味での先進・成熟国家への道となる。
10.人間の富、幸福度の尺度
・社会、個人の豊かさは、GDPのような物理的エネルギーとほぼ線形な関係にある(物質的な豊かさ)。一方、心の富や幸福度は、エンタメエネルギーである知的エネルギーの大きさと強い相関と強い相関がある。(喜び、楽しみ、精神的豊かさ→瞑想、解脱?)
11.エンタメと経済ビジネス
・論理的配慮、技術的な面よりも、ワクワク、ゾクゾクなど感情的な決断が支配する。
・感触や感覚が良いもの、使いやすいものが売れる。情報の発信/受信と共有・共感に価値有。
・心の高揚感、満足感の追求、消費者の心をどうつかむかが重要。
12.21世紀型産業の姿
・突出したエンタメ力を持ち、その先見性や革新性により、大衆の間に瞬時にエンタメエネルギーを誘引・連鎖させることができる個人・グループが提供するサービスは、きわめて短期間に大成功を収める可能性がある。
13.国や都市が持つエンタメ力
・事業を展開する国や都市の活性化には、エンタメ力(発信力の質と量、受信能力の感度)が大きく関わり、事業の遂行能力に影響して、将来の行方を決定し、成功の重要な鍵になる。
・日本の失われた30年の要因は、権威に従う歴史・伝統的背景と風潮、データ活用の不備および人口減少である。
14.負のエンタメ発生時のリスク管理・危機管理
・サイバー攻撃、原子力発電所事故、気候変動、戦争、テロ等の発生のリスク、発生時におけるマネジメントが必須。
・反日の構造とその対策では、心に響くエンタメ交流が大変有効であった。
15.デジタル時代のエンタメの利・活用
・ビジネス、経済、科学技術、健康&長寿、教育、仕事、やりがい、人間関係で、エンタメ力が発揮される。ただし、データの悪用による誘導・扇動、健全性の維持などの懸念材料がある事にも留意のこと。
【主な質疑応答】
人間集団に対してエンタテインメント(エンタメ)はどのように働いてきたか? ⇒人間の集団は大きいために、過去、エンタメが効果的に利用されてきた。特に全体主義国家では政治に利用され、難しい問題が発生した。また古代ギリシャやローマでは、政治と宗教が分離されてなく、その中にエンタメも入っており、善悪の判断が重要であった。現代でも、エンタメを備える政治的指導者が現れ、大きな問題が生じているが、反対勢力がしっかりしている必要がある。エンタメは人の心の自由を奪う可能性があり、またエンタメに偽りがある場合にそれを適正に判断することが求められる。
【所感】
人が起きている時に行う行為の全てがエンタメであることを知りました。そしてそれは人間のみが持つ、独特のコミュニケーションの方法で成り立つと。感動と共感を生み出す力、それらを表現・伝達できる言語能力と表現手段を手にしている我々。
心の富や幸福度はエンタメエネルギーの大きさに強い相関があるとのこと、なるほどと思いました。それを感じ理解する脳は、楽しいことをすることが大好きなのです。
このたびは大変貴重で有意義な講話をして頂きましたことに、深く感謝申し上げます。
【報告】後藤幸子