第254回セミナー報告「新しい地質時代『人新世』を考える」2024年6月
2024年 06月 30日第254回セミナー報告「新しい地質時代『人新世』を考える」
新しい地質時代『人新世』を考える
日時:2024年6月22日(土) 14:00~16:45
会場:品川区立総合区民会館(きゅりあん)第1特別講習室 +ZOOMオンライン
参加:30名(会場21名、WEB 9名)
演者:茨城大学名誉教授、東京大学空間情報科学研究センター 客員研究員
理学博士 天野 一男 氏
【講演要旨】
1.始めに:
・ 新しい地質時代に「人新世」(ジンシンセイ)を加えようと言う動きがあったが、残念ながら否決された。しかし、改めてこれを議論する時代になっていることがはっきりした。
2.地質時代の設定法 ―チバニアンを例にー:
・国際標準年代層序表が基準になっている。
・国際地質学連合(IUGS)はそれぞれの地質時代の境界を地球上で最もよく示す地層を1つだけ選び、国際標準模式層断面及び地点(GSSP)に認定する。
・地層年代区分の境界は104有り、78でGSSP認定されている。
・チバニアンは2020年1月日本で初めてGSSPに認定された。
3.人新世の提唱:
・2000年IGBSメキシコ会議でオランダ人大気化学者 P.クルッツェンが突発的に『人新世(Anthropocene)』 を提唱した。
・その後、2009年、IUGSの中に「人新世作業部会(AWG)」が設置された。
4.人新世の基準:
・2004年、オーストラリアの科学者 W.ステファン(気候変動・再生可能エネルギーIGBP事務局長)等が、今やグレートアクセラレーションの時代として以下を警鐘している。
A)世界の社会経済的トレンドで見ると1950年度急速に発展している。それに伴い、
B)二酸化炭素などを含む地球システムは急速に悪化している。
・その後地質学的な検討が進み、GSSPの主マーカーは核実験に伴う放射性核種、副マーカーは石炭燃焼に伴う石炭灰、プラスチック、生物群集の変化などにするとした。
5.人新世GSSP設定の現状:
・2019年以降世界各地12カ所の調整が始まった。
・2023年7月、カナダのクロフォード湖を人新世のGSSP候補地として発表。
・日本では大分県別府湾、ユニークなものとしてはオーストリアウィーン市カールスプラッツ(第2次大戦の瓦礫の上にある層)などが名乗りでていた。
・AWGの提案を受けて第四紀層序小委員会(SQG)で審議後、国際層序委員会(ISG)を経て2024年8月国際地球科学連合会(IUGS)理事会で決定されることになっていた。
6.人新世設定に関する議論:
6-1.人新世を正式の地質時代にすることへの反論:
「人新世」という用語の現在の用法は、科学的にあいまいで、研究者に混乱を引き起こしている。より正確な定義が必要である。正式な年代でなくイベントとすべきだ。
6-2.反論に対する反論:
・人為的イベント概念では得られない、地球規模での年代層序学的な確固としたデータを提供するものである。
・人類の活動の影響は20世紀半ばに惑星の閾値を超え、明確な地質学的記録を残している
・「人新世イベント」は、層序学的概念でも年代層序学的概念でもなく、適用範囲はほとんど陸域に限られる。
7.“人新世”正式認定の顛末:
・AWGの人新世GSSP、副GSSP提案に対し2024年2月〜3月投票。
反対=12、賛成=4、棄権=3 理由:地質時代としては短すぎる等。
・投票に不正有ったとの異議を受けISCで審査、結果として3月21日SQSの投票結果を承認。
8.“人新世“の意義と課題:
・地球歴史への新たな動きの出発点
・SDGsとの関連『地球の限界』を学術的に考える機会
・Big Historyの上での人類の位置づけ
・人間活動と地球環境との相互作用の理解 =>全ての分野に関わる総合的解読が必要。
9.“人新世“を巡る新たな動き
日本各地にあるジオパークを回る、巡回展「地球時間の旅」が実施されているが、その中で「近い過去から地球の未来を考える」というテーマが展開されている。これは「人新世」の考え方を取り入れたものとも言える。
【主な質疑応答】(コメントが殆どであった。)
C1.先週、NHK・BSでこれに関係する深夜放送があった。翻案が否決されたことには触れずポジティブな内容が多かった。
C2. 1950年が起点になったこと、GSSPの主マーカーを放射性核種にしたことは賢明である。日本はまた原発再稼働を進めようとすることか理解しがたい。核廃棄物が増えるだけである。
Q3. エネルギーの問題は?
=> 食糧問題も含め大変重要な課題である。
Q4.地質科学は他の分野に比べて時間軸が違うのではないか?
=> 地質学では200万年前の第四紀はつい最近と捉えられている。現在では第四紀の地層は年毎に年輪化されるように数えられるような状態となってきている。最先端技術では、地質学の時間に対する精度が向上し、時間に対する感覚が大きく変わってきている。
Q5.地質年代の区分に“人新世”のような人間の文明の影響を入れたものは無理ではないか
=> そのような意見を持つ人はいる。“人新世”を強烈に主張すると政治的なことにつながってしまう恐れがあるとの懸念もあるかもしれない。
Q6. 気候変動、地震情報を始めどこまで正しいのか疑わしい。ネイチャー論文が全て正しいとは言えないようだ。 生成AIも使われている。
=> 研究費確保のためと言う事もある。注意深く見て行く必要がある。
【所感】
本講演を通して、人類が地球環境に大きな影響を及ぼしている新たな地質時代『人新世』が提唱され、日本ではかつてチバニアン正式認定のためにオール日本で関係者が苦労されてきたが、本年3月上位委員会で否定されたとの事は残念である。しかしその起点が1950年の核実験で、それ以降各地で放射線核種が増えている事、産業革命以降も、特に1950年以降環境汚染が進み、地球温暖化を始めとする地球環境に大きな影響を及ぼしていることに疑いはない。認定はともかくとしてこのようなことが認識され、今後どうあるべきかを考える良いきっかけになったと言える。講演後もいろいろな立場からの意見も出され,有意義な講演会であった。
将来に向けての大切な課題に取り組まれている先生の益々のご活躍・ご発展をお祈りします。
【報告者:山岸 任】