第250回セミナー報告「マイクロプラスチック汚染の現状と解決に向けて」2024年2月
2024年 03月 23日科学技術者フォーラム2024年2月度(250回)セミナー報告
「マイクロプラスチック汚染の現状と解決に向けて」
日時:2024年2月24日(土) 14:00~16:45
会場:品川区総合区民会館(きゅりあん)第1特別講習室 + ZOOMオンライン
参加:36名(会場25名、WEB 11名)
演者:東京農工大学農学部環境資源科学科教授 理学博士 高田 秀重 氏
【講演要旨】
1.プラスチックごみとマイクロプラスチック(MP)
・石油産出量の8-10%がプラスチックの生産され、その生産量は年間4億トン、その半分は容器包装材料である。使用後収集されたプラスチックはリサイクル、埋立、焼却処理される。
・プラスチックごみは河川を通じて海に流入し、50兆個以上が世界の海を漂っている。
・全てのプラスチックは紫外線等による劣化で遅かれ早かれMP(5 mm以下)になる。微細なMPは生物膜の付着により沈降し、海底にも蓄積する。
・化学繊維製衣類を洗濯すると、約2千本/着の微細繊維が放出され、排水中に約10万本/人/日のMPが放出される。従って、リサイクルとして衣類を作ることでは、MP汚染の解決策にはならない。
・プラスチック製食品容器からのMP放出:PETボトルで水を飲むと水道水より22倍のMPを摂取することになる。また、プラスチック製食品容器を電子レンジにかけると420万個/cm2のMP(ナノプラスチック:NPを含む)が放出されるので、それを食することになる。
2.海洋生物によるプラスチックの接触、取り込み
・食物連鎖を通じて汚染は生態系全体に 拡がっている。
・世界の海鳥の6割の種、3割の個体がプラスチックを摂食している。海洋生物によるプラスチック摂食は経年的に増加傾向で、汚染の実態解明が進められている。
3.プラスチックに含まれる有害化学物質と生物・ヒトへの影響
・人間の糞便中からもMPが検出され、血液中からも微細なMPの検出が報告されているが、日本人の血液中からも微細ポリスチレンが検出された。
・MPは生物にとって消化できない異物であり、粒子毒性が確認され、組織炎症が起きていることから、免疫系への影響が懸念されている。nmサイズになると生体膜を通過し循環系に侵入するので、免疫毒性や化学的影響が懸念されている。
・日用プラスチック製品からは、多くの環境ホルモン(内分泌攪乱化学物質)が検出されているが、プラスチックの微細化により添加剤の生物濃縮が促進される。これまで考えられていたよりも、ヒトへの添加剤の暴露は大きい可能性が示唆された。
・海洋生物へのプラスチック添加剤の移行と異常が観測され、ヒトでも組織・血中に添加剤が検出され、生殖系の異常や疾患との関連性についての研究が進められている。
・プラスチック容器の市販品弁当や冷凍食品を食べる回数が多い妊婦では死産が3倍多かったとの報告もある。
4.プラスチック汚染対策:持続可能社会に向けて
・プラスチックは人間の健康への悪影響があるので、プラスチック製品の使用自体を減らしていく必要がある。国際的に規制等の動きが始まっている。
・プラスチック添加剤2物質が国際条約会議で、使用、製造、輸出が禁止された。
・プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際的約束(プラスチック条約)で、緊急課題として連携の取れた長期的世界的ビジョンで進めることとなった。政府間交渉委員会が設立され、2024年までの作業完了を目指している。
・ゴミ処理の日欧比較では、日本では73%が焼却処分、リサイクルは18%、一方EUでは焼却26%、リサイクル30%である。石油ベースのプラスチックの焼却では、CO2が排出され、温暖化の原因にもなる。
・大量消費、大量リサイクルは持続的か? ⇒持続的ではない。何故ならリサイクルには手間も費用もかかる。
・ダウンサイクルではポリマーの質が低下し、無限にリサイクルはできない。ペットボトルの水平リサイクルでも、ガラスリターナブル瓶に比し、エネルギー消費量、CO2発生量が2割程度多い。
⇒ペットボトルを買うと、温暖化が進む。
5.問題解決に向けた社会構築
・使い捨てプラスチックの使用制限、プラスチックの使用削減、再使用、リサイクルが容易となるような商品、包装へ切り替えること、消費者がそれらを選択すること、物流の変更(地産地消)、
・バイオマスの高度利用。バイオマスベースプラスチックの利用促進、生分解性プラスチックの改良。
・海岸清掃、市民の意識啓発がある。
6.東京農工大学プラスチック削減5Rキャンパス
・SDGsの達成、2050年石油ベースプラスチックゼロに向けて、使い捨てプラスチックを削減し、キャンパス生活を可能な限り循環型素材で維持するプラスチック削減5R(Reduce, Reuse, Recycle, Renewable, Research)とともに「問題解決のための新素材の創成製等を含めた研究の推進」に取り組む活動を開始した。
・自販機には給水機を導入し、オリジナルマイボトルを販売し、ペットボトルをゼロにした。
【質疑応答】
Q1 ヒト病理検体例での健康被害の影響はMPといえるのか?
→免疫系への影響の出始める濃度に比べて観測されたポリスチレン濃度が2桁低いことから、ただちに免疫系への影響が出るわけではないと思う。ただし、検体が高齢者であることから、結果をそのまま受け入れるわけにはいかない。食生活が変わっている若い人たちへの影響、死産・流産が増えている事との関係など今後の課題である。
Q2 プラスチックを使わないようにするのか?
→なるべく使わなくてもよいようにする。野放しではダメで、予防的な観点から規制が必要ということ。ポリマー、添加剤の数量規制は、まだやられていない。
Q3 MPの生成メカニズムは?
→まだはっきりとはわかっていない部分がある。
Q4 PETには添加剤は使用されていない。なんでもかんでも使用を禁止するのではなく、プラスチックの専門家と一緒に解決していくほうがよいのではないか?
→PETはアンチモンが触媒として使用され、そのPETへの残留も報告されている。プラスチック生産の専門家の意見も参考にして、規制すべきポリマーを挙げている。(追記:本セミナー後の3月7日に国連環境計画のプラスチック条約の会議に招かれ、規制すべきポリマーとして、劣化しやすいポリプロピレン、有害な添加剤が含まれるポリ塩化ビニル、モノマーが有害なポリスチレン、ポリカーボネート・エポキシ樹脂、ポリ塩化ビニルを提案した。)
Q5 PP不織布製マスクのMPは肺に直接入ってしまうと考えられるが?
→このテーマの論文はすでに出ている。
Q6 人間への影響は食物連鎖と直接的な暴露とではどちらが大きいのか?
→食物連鎖経由がベースとなり、その上に直接的な暴露が加わり、個人差が出ていると考えられるが、調査が必要である。
Q7 プラスチックは疎水性であるので、他の物質の吸着、蓄積がある?
→YES、MPに吸着されて、他の物質が濃縮される。汚染物質を運んでいることになる。
【所感】
プラスチックごみの紫外線破壊、食物連鎖を通じてMP、ナノプラスチック、添加剤、環境ホルモンを口にするリスクが大きくなっていることを再認識しました(ルート1)。このルート1に加え、ダイレクトにMPを口にするルート2が身近な日常食生活にあり、影響も大きいだろうとのお話は非常にショッキングなお話でした。
今の生活では、ペットボトル飲料は多種類あり、野菜も肉も魚も加工食品も冷凍食品もプラスチックで包装されている。そして、保存容器としてもプラスチック容器を汎用し、電子レンジでの加熱がおすすめの調理法にもなっています。ところが、ルート2ではペットボトル水の飲用でもMPが摂取され、ましてやプラスチック製保存容器を電子レンジにかけると多量のMPが放出されるとのことですが、このルート2への対応は?産業界へのインパクト、また日常生活の便利さに組み組まれていますのでこの点でも大きすぎるテーマなので、すぐには考えが及びません。しかしながら、喫緊で取り組まねばならない課題であることも事実です。改めて課題の大きさを認識させていただきました。先生のご活躍が多くの人々に影響を及ぼすことを願っております。 【報告者】後藤 幸子
【高田先生からのコメント】
ありがとうございます。上記に書かれた保存容器ですが、私はガラスの容器を使っていますし、冷凍食品等を電子レンジで加熱することは行わず、陶器やガラスの容器に移して電子レンジにかけています。マイボトルを常時携帯し、ここ10年一本もペットボトルは買ったことがありません。科学的なデータや考察に基づいて自分の生活を替えることが重要ではないでしょうか?社会経済的なしくみを替えなければ100%プラスチックから逃れることはできず、その点では「大きなテーマ」だと思います。しかし、上記に例として挙げられていることは、個人の行動変容で比較的簡単にできることです。簡単な行動変容の積み重ねが、社会経済システムの変革につながります。自分でできる範囲のことから取り組んでいきましょう。講演では話しそこないましたが、内分泌攪乱は免疫にも影響します。ペットボトルの蓋に含まれる紫外線吸収剤のUV-PはT細胞の生合成を阻害し、免疫系に影響を及ぼす可能性があります。このコロナの時代の我々の年代に関わる問題です(高田秀重)