第246回セミナー報告「分子ロボット:生体分子で創るナノスケールのロボットの創成を目指して」2023年10月
2023年 11月 05日 科学技術者フォーラム2023年10月度(第246回)セミナー報告
「分子ロボット:生体分子で創るナノスケールのロボットの創成を目指して」
日 時:2023年10月28日(土) 14:00~16:45
会 場:品川区立総合区民会館(きゅりあん)第1特別講習室 +ZOOMオンライン
参加者:31名(会場24名、WEB7名)
講演者:(株)分子ロボット総合研究所代表取締役、東京工大名誉教授 小長谷明彦 氏
【講演要旨】
1.背景
1)ナノロボットは、複数の専門領域にまたがる境界領域にあり、自己組織化によって分子部品からボトムアップで創られ、さらに創発(生)から絶対的定常状態(死)に至るまでの動的過程で、分子間相互作用が安定しない非平衡定常状態にあるという点で難しい。
2)分子ロボットはDNAやたんぱく質を自己組織化して創るナノスケールのロボットであり、感覚(センサ)、知能(DNAコンピュータ)、運動(モータータンパク質)を備える人工物である。
3)分子ロボットは、ナノ生産技術、DNA操作技術、ナノ加工技術、電子顕微鏡、ガン治療、抗体医薬の分野で2036年には約2000億円の市場を創出するであろう。
2.分子ロボットの歩み
1)分子ロボットの創生例として、DNA配列で分子の結合を制御するスイッチを持つ分子モータを使用する人工アメーバ、および遺伝子組み換えで収縮力を発生させる人工サルコメアを構築する人工筋肉があり、動くことが確認されている。
2)基礎研究として人工アメーバ、人工筋肉、応用開発として人工膵島、社会実装として分子ロボット創薬、分子ロボット農工業、化学エネルギー応用が計画されている。
3.分子ロボットの応用
1)分子ロボットの利点としては、生体分子であるので人体/環境親和性を有し、感覚(センサ)/知性(DNAコンピュータ、微小管)を持つので化学AIとなり、化学エネルギー(将来的には光合成によるエネルギー)で動くので循環エネルギー社会に対応できることが挙げられる。
2)分子人工膵島は膵島細胞移植の代替となり、血中糖度を感知してインスリンを放出することが期待される。
3)農工業応用では、化学肥料、農薬の代替となり、土壌細菌を活性化することが考えられる。
4)分子ロボット市場創出のためには、設計の壁、製造の壁、倫理の壁が待ち構える。
4.分子ロボットVR共創環境
1)VR分子設計環境では、VR分子シミュレーションはVRモデリング環境とVRビューワーを備えるゲームエンジンを利用する。そこでVR分子設計環境による分子設計の加速化が期待される。
2)VR分子シミュレーションは試験運用を開始しており、6G時代になればVR上での共創が可能となり、さらに分子モデル環境が整えば分子ロボット部品設計が実施できる。
3)VRでは3次元での触り易さを体現でき、視野角が広まって奥行きを感じられる。
4)実時間IO制御と大規模シミュレーションを両立させる高性能計算技術を確立し、粒子シミュレーションによる実時間高性能計算(VRシミュレーション)を可能にしている。
5)分子構造、van der Waals力、静電相互作用力(クーロン力)、水素結合力(DNAの場合)を考慮した粒子シミュレーションによって分子間相互作用を再現し、真空中のNaCl自己組織化、水流(含NaCl)中のDNA二重らせんの振る舞い、コロナRNA/タンパク相互作用を確認できる。
【主な質疑応答】
Q1:分子ロボットの移動のような運動の機構はどのようなものか?
→微小管と分子モータの組み合わせによりATPを動力源としてリニヤモータのように動く。
Q2:分子ロボットとは、人間や動植物を構成するタンパク質などの生物由来の成分を持って、自発的に動く生体ロボットということか?
→その通り。
Q3:農業分野で使用する予定の分子ロボットは、土壌細菌にどのような影響を与えるか?
→土壌細菌と相互作用して環境代謝系を良くする。
Q4:分子ロボットと人工細胞の違い?
→両者には溝があり、分子ロボットは生命体ではないので自己複製機能を持っていない。自己複製機能を持たすことは倫理面からの検討を要する。
Q5:分子ロボットに関する基礎研究は進んでいても、応用段階で日本は出遅れているという原因は何か?
→日本の企業は投資の意思決定が現場レベルまで移譲されていないケースが多く、意思決定が迅速にできないという要因が大きいと考える。また基礎研究は十分に行われるが、応用研究になると開発資金、研究者が少ないことが問題となって、伸展が不十分である。
Q6:分子ロボットに今迄に補助金などで投じられた資金はどのくらいか?
→今迄の累計では科研費、NEDO、JSTを合わせると全体で30億円以上である。
Q7:分子ロボット開発での倫理の考え方?
→研究者は、開発計画時に開発技術の社会への影響を想定する必要がある。その意味で倫理研究者およびステークスホルダーとの話し合いで危険性を考えることが重要である。
Q8:分子部品の数の影響?
→自己組織化で分子部品の数が多くなると、ある特異点で現象が変化して学習能力が急に上がり、複雑なものを創れる可能性がある。
Q9:分子ロボットのナノバイオ分野への応用?
→ナノバイオと分子ロボットは相性が良いが、それぞれの壁をナノスケールで理解することが重要である。
【所感】
機械工学を学び、機械産業に従事してきた者にとって、分子ロボットとは実に異次元の技術と感じられます。実際に試作され、動きが確認されたとのこと、技術の進歩に驚きます。またこうした新技術開発に対し倫理面での検討が並行して行われていることは大変素晴らしいことだと思います。
ただし、基礎研究は活発に行われても、応用研究になると大きな展開が見られないことは残念です。是非、十分な資金と研究者を獲得して、分子ロボットの医療分野、および環境分野等への応用が加速化されることを期待したいと思います。
【報告者:木村芳一】