第242回 セミナー報告「『ウルシ』の木と天然材料『漆』のはなし」 2023年5月
2023年 06月 20日科学技術者フォーラム2023年5月度(第242回)セミナー報告
「『ウルシ』の木と天然材料『漆』のはなし」
日 時:2023年5月27日(土) 14:00~16:45
会 場:品川区立総合区民会館(きゅりあん)第1特別講習室 +ZOOMオンライン
参加者:30名(会場21名、WEB 9名)
講演者:ki-urushi工房 木下 稔夫 氏
【講演要旨】
「漆」を理解するための道具や数々の材料・製品をお持ち頂き、実物に触りながらの講演でした。
1. ウルシの木と漆の採取
1) ウルシはウルシ科の落葉高木。ハゼノキ、カシューナッツ、マンゴーもウルシ科植物で雌雄あり。生産地はアジア諸国。漆液の掻取りは6月~10月。4-5日ごとに傷をつけて滲出した漆を採取する。
2)漆の硬化は、ウルシオールのラッカーゼ酵素の酸化反応で抗酸化性が減少し、その後空気中の酸素による自動酸化反応で高分子化し膜になる。
3)ウルシの木の断面を見ると、形成層の外側に漆液溝(樹脂道)が観察できる。
2. 漆の特性
1)植物(ウルシの木)が必要とする漆膜の特性:
漆液は傷つけられた時に、カビや菌の侵入・繁殖、虫などによって形成層が破壊されるのを防ぐ目的で滲出され、乾燥・固化して膜や固まりとなって傷口を覆い、腐朽菌の侵入を防ごうとする。漆液、漆膜には抗菌活性がある。
2)出土する遺跡が証明する漆膜の耐久性:
・鳥浜貝塚からは櫛が、鎌倉市内の遺跡からは多くの漆器が出土しており、漆膜の耐久性が高いことが示される。耐酸性、耐溶剤性もある。
・漆のお椀が変色するのは、漆中の水溶成分の多糖が溶出するためである。
3) 漆塗り建造物から見る漆膜の耐久性(耐候性)
・日光東照宮の扉を見ると、漆膜が経年劣化している。漆膜は表層の薄膜で紫外線を吸収し、ウルシオールが酸化分解して低分子化し一部が揮散する。その後、露出した水溶性多糖類が雨で溶出し、ウルシオールの分解が繰り返され、膜厚が減少し劣化が進む。
4)二通りの硬化(乾燥)現象
・a. 常温硬化は酵素ラッカーゼの働き(15~25℃、65~85%RH)によるもの
・b. 熱硬化(焼付け漆)は熱重合のこと。神社仏閣の錺金具や南部鉄器がある。熱硬化の応用方法は3通り。常温硬化に比べ、乾燥時間の短縮とコントロール、かぶれ防止、性能の向上があり、新用途開拓の可能性に結び付く。
3. 漆の精製と漆工芸の基礎知識
1) 漆の精製:荒味うるし→ろ過→なやし→くろめ→ろ過を経て、透明性、平滑性、光沢が付与される。塗料化された漆は、透漆、黒漆(生漆と鉄の反応)、色漆(透漆に顔料を練込み)がある。有油漆はつやあり。精製漆に加えるものを変えれば、様々な色が出せる。
2)漆塗りの乾燥では湿度の保てる空間が必要。乾燥硬化すると色がやや濃くなる。標準的な漆塗り工程は摺漆から上塗りまでの9工程。塗りには下地をする/しないがある。漆塗りの刷毛は人毛をヒノキ材に挟んで作製する。
3)漆の代表的な加色技法としては漆絵、蒔絵、沈金、螺鈿がある。
4. 漆産業とこれからの漆利用
1) 戦前は神仏具以外の需要も色々あった。戦後はそれ以外の需要は、染色型紙を除いてほぼなくなった。
2) 伝統工芸品に指定された全国の漆器産地としては23産地ある。
3) 文化庁の方針で近年、国宝や重要文化財建造物の保存修理には、国産漆の使用となったので、文化財需要が増加し、生産量、国内自給率は上昇している。
4) 漆器産業の現状:生活様式・用品に対する変化、合成漆器の供給、安価な輸入品、ニーズに適応した商品開発の遅れがあり、厳しい状況である。
5) 伝統的工芸品産業をめぐる状況の変化:国民のニーズの質的充足への変化、地域独自の文化を見直す風潮、「和」「ものづくり」の対する再評価、欧米における「和」のブーム、関心の高まりは、プラス方向に働いている。
6) 生活用品への表示義務では、天然漆を使ったもののみ「漆器」の用語が使える。
7) ウルシの漆器以外の利用法として、バイオマス成形材料、成形体の紹介展示あり。
8) 持続可能な天然材料を未来につなぐものとして、ki-urushi工房が取り組み中の螺鈿漆の時計の文字盤の紹介等があった。
【主な質疑応答】
1.漆塗膜を剥がすときはどうするか?
→強さに差異はあるが、リムーバー(剥離剤)を使う場合は、傷を入れれば剥がれやすくなる。
2.漆の接着剤としての利用?
→のり漆を混ぜれば接着効果が発生する。漆の熱硬化を活用すれば効果がより上がる。
3.自然硬化と熱硬化の反応の違い?
→自然硬化は、初期反応が酵素による酸化重合反応、熱硬化は、酵素が失活して働かない熱重合による。
4.(意見)ナノセルロースのバインダーとして利用することが考えられる。
【所感】
美しい漆塗りの食器、工芸品、家具調度品の素晴らしさの発展・維持には、携わる方々の不断の努力そしてパトロンの支援も必要かとも思っており、それらを美術館等でいつもじっと眺めるばかりの私ですが、今回は通常の人が眼にすることのない途中工程の説明、標品も手にすることができたことは、有意義でした。また、漆塗りのお椀の底が厚いのはなぜか実物で確認でき納得です。
また過去の工芸品に留まらず種々な製品への応答が進んでいる様子の紹介もありました。今後の漆ネットワークのご活躍、「和」「ものつくり」の進化を期待しています。
【報告者:後藤幸子】