第239回セミナー報告「ゲノム編集技術の民主化により人々の暮らしを豊かに」2023年2月
2023年 03月 16日科学技術者フォーラム2023年2月度(第239回)セミナー報告
「ゲノム編集技術の民主化により人々の暮らしを豊かに」
日 時:2023年2月25日(土) 14:00~16:45
会 場:品川区立総合区民会館(きゅりあん)第1特別講習室+ZOOMオンライン
参加者:会場16名+ZOOMオンライン14名
講演者:㈱セツロテック 代表取締役社長 農学博士 竹澤 愼一郎 氏
【講演要旨】
1.セツロテック社の概要
1)2017年2月設立の徳島大学発ゲノム編集ベンチャー。キャンパス内の藤井節郎記念医科学センター内に本社、研究ラボ。会社名の由来は藤井先生のお名前。
2)代表取締役会長CTO竹本龍也氏は徳島大学教授で発生生物学が専門。2015年マウスの受精卵を対象に高効率なゲノム編集受精卵を作出する受精卵エレクトロポレーション法(GEEP法)を開発。数々の受賞で、研究対応が急増、研究費も確保され会社設立に至る。
3)ゲノム編集技術は「生き物の多様な能力を引き出す」技術。ゲノム編集生物を広く産業界に提供する基盤的な企業へと成長させ、ゲノム編集産業を開拓することを目指し、誰もがゲノム編集技術を活用できる持続可能な社会の実現へ貢献できるよう取り組んいる。
2.ゲノム編集技術の概要
1)CRISPA/Cas9ゲノム編集技術
・ヌクレアーゼCas9とガイドRNA(gRNA)の複合体により、標的となるDNA配列を特異的に認識、切断し、非相同性末端連結修復により遺伝子機能を欠失させるとともに相同組換え修復により遺伝情報の追加を行う。
2)独自のゲノム編集技術
①VIKING法 (Versatile NHEJ-basesd Knock-in using genome editing)
エレクトロポレーションを用いてNHEJ(非相同末端結合)ベクターを効率的に細胞内へ導入する技術。
②GEEP法(Genome Editing by Electroporation of Cas9 Protein)
エレクトロポレーションを用いて受精卵に導入する技術。
③技術基盤の優位性(導入方法):
・従来のマイクロインジェクション法に比して、単時間操作、技術者の熟練不要、自動化可能などの利点がある。
・受託サービスに容易に提供できる。
・分裂前の受精卵を編集することで改変系統を確立可能。
3.事業の概要
1) 研究支援事業(遺伝病、がんなど主として製薬企業向)およびPAGEs事業の推進
2) PAGEs(Platform Application using Genome Editing by Setsurotech)事業:
・農業畜産分野での高付加価値品種(育種法)の開発支援。
3) 高付加価値品種:ブタモデル
・ゲノム編集技術を用いた病気、肉質、生産性の高い独自ブランドブタ開発プロジェクト。
①ミオスタチン(筋肉増殖抑制因子)ゲノム編集ブタ⇒筋肉が多く加食部分の増加
②期待される畜産業などへの波及効果の例
⇒ 感染症抵抗性付与、生産性向上、ブランド化
⇒ 産業形質向上(枝肉割合や産子数の向上、食感・風味の変化)、
⇒ ヒトに近い疾病モデル動物(糖尿病、高血圧、臓器、、、)
4)新たなプロダクトの開発と事業化
・研究開発計画の策定から事業化までをトータルサポートし、ゲノム編集技術による事業開発をエフォートレスに実施できる体制を提供。
5)PAGAS事業の進捗(パートナー・自社)
・パートナー4社以上との開発品4件以上及び自社開発品4件以上が進行中。
6)独自開発の知財技術を活用した医薬品開発・検査技術開発
・ Cas9使用の場合、複雑なライセンス関係、高額な商用ライセンス、オフターゲット変異があるが、独自に開発・改良したゲノム編集因子ST8を使った場合、シンプルで安価なライセンス、オフターゲット変異の可能が低減する可能性がある。
・医療用途として、遺伝病、神経変性疾患、がんの治療、ips細胞を活用した治療などが、検査技術としては、高感度で迅速・変異型対応のDNA/RNAウイルスの検出などが想定される。
7)成長戦略
・研究支援事業のマイルストーンとしては、新商材の追加。
・PAGEs事業のマイルストーンとしては、パイプラン拡充、各パイプライン進捗、ゲノム編集商材合弁会社設立、ゲノム編集商材の販売などがあげられる。
4.ゲノム編集技術に関わる法規制・ガイドライン
1)2019年10月、ゲノム編集食品のガイドライン整備:農水省、厚労省、消費者庁が策定
・ゲノム編集で作出された作物は、届け出制とし表示義務はない。
・製造加工された食品は届け出も必要ない。
2)事前相談の窓口
・食品⇒厚生労働省(食品衛生法)、飼料⇒農林水産省(資料安全法)。
3)食品衛生法におけるゲノム編集技術応用食品の取り扱いルール:
・国内の取扱いルールは、バイオステーション https://bio-sta.jp/faq/ に公開。
【主な質疑応答】
Q1.ゲノム 編集と遺伝子組換えにおける規制の差異?
→ ゲノム編集は自然でも起こる可能性があるので届出制だが、遺伝子組換えは全く違う遺伝子を入れるので、大臣の承認をとる規制があり厳しい。
Q2.GEEP法で遺伝子編集した受精卵から誕生した個体では、その生殖細胞の遺伝子も編集されたものか?卵割の最初を狙っているのか?
→ GEEP法によるゲノム編集で生まれた生物は生殖細胞もゲノム編集されている確率が高い。
生殖系列細胞群がゲノム編集されるには、受精卵の分割前にゲノム編集を行うことが必要。
Q3.育種法において、従来の品種改良に比べて、個体間のばらつきが少ないのは、エレクトロポレーション法により同条件で大量の細胞が処理されるためと考えてよいか?
→ 従来の育種はランダムに変異を狙うもので、遺伝子の特定もできず遺伝子はばらばら。ゲノム編集で品種改良すれば、特定の遺伝子だけ改変されるので、遺伝的なばらつきは最小限にできる。ゲノム編集効率は手法によって変わるものだが、エレクロトポレーション法は受精卵の処理時間が非常に短くダメージを与えることなく簡単に回収できる技術なので、再現性があり実験のばらつきが少なくなる。エレクトロポレーション法と個体間のばらつきとは直接の関係はない。
Q4.ブタの心臓を人間の心臓に置き換える可能性?
→ 米国でブタの心臓の10か所以上をゲノム編集して拒絶反応をなくし、それを人間に移植した実験があったが、結局失敗している。まだ世界中で研究中のテーマ。
Q5.ゲノム編集のAI活用?
→ 遺伝子の特定に関し、AIで決定できないかを挑戦しているグループもある。
Q6.CRISPR/Cas9ゲノム編集技術のばらつき?
→ 従来技術に比べ、ゲノム編集個体のばらつきは大幅に少なくなっている。従来の遺伝子を破壊する遺伝子改変法はDNAにランダムな損傷を起こさせるのでばらつく。またDNA修復で必須の相同組換えを利用して遺伝子配列を改変する手法も、標的とする遺伝子領域で常に起こるものでないのでばらつく。CRISPR/Cas9による遺伝子改変はsgRNAという狙い撃ちしたい標的DNAを特異的に切断するのでばらつきは大幅に少ない。
【所感】
今回、ゲノム編集が高付加価値商品の機能開発を狙い撃ちでき、固定種になる有用な技術であること、技術の詳細を知る機会が得られ、感謝です。また、医療応用だけでなく、動物分野及び植物分野で多くの企業のチャレンジが始まっていることを知り、先が楽しみになりました。セツロテックの日本の食料安全保障への貢献を大いに期待しています。ゲノム編集のような従来知られていなかった新しい研究開発成果を活用したビスネスを展開していこうとする企業にとって、消費者とのコミュニケーションは大事なお仕事ですね。 【報告者:後藤幸子】