第237回セミナー報告「科学・技術と倫理の問題を再考する-宗教と女性の視点から-」2022年12月
2022年 12月 28日科学技術者フォーラム2022年12月度(第237回)セミナー報告
「科学・技術と倫理の問題を再考する ―宗教と女性の視点から―」
日 時:2022年12月17日(土) 13:30~16:15
会 場:品川区中小企業センター+ZOOMオンライン
参加者:会場 20名+ZOOMオンライン 9名
講演者:元 清泉女子大学学長、清泉女子大学名誉教授
岡野 治子 氏
【講演要旨】
1.科学・技術と倫理
A.倫理とは何か? ① 他者の尊重 ② 他者に対する配慮 ③ 正義への連帯 ④ 責任
規範の固定化ではなく、倫理はその選択肢を可視化することである。
B. 倫理は科学・技術に何を求めるか?
①倫理的問題:先端科学・技術、原子力平和利用、科学万能主義の世界、遺伝子レベルの操作、出生前診断の普及、AIの情報処理能力 等々がある。
②倫理学からの要請:人の誕生、生、死に際し「人の尊厳」を最重要視する。
C. 原子力開発と倫理:
過去には近代兵器、毒ガス、核兵器が先端技術として開発 ⇒「科学の無垢神話」の崩壊!当初核兵器開発を進言したA.アインシュタインは原爆投下後「科学における社会的責任学会」を創設した。相互の社会責任を強調。
①ドイツでの展開:ヒロシマへの原爆投下の報を受け、「共同責任」を感じ、原子力開発に敏感となった。またフクシマ原発事故直後、脱原発を決意。技術、経済より社会の価値が優先された⇒「持続可能性」「倫理的責任」を原理原則とした。
②原子力平和利用:1953年国連で宣言され、日本原子力委員会が発足。原子力ムラの「安全神話」が唱えられるも、充分な安全・保安技術者が投入されずにきている。
③福島原発事故後の日本社会の反応:日本の伝統的倫理観の問い直しが求められている。
D. 遺伝子研究と倫理:
①なぜ現生人類は残れたのか? 集団や世代を超えて情報共有する社会性が大きいから!
②遺伝子編集・組み換え作物(GMO)、
③ES細胞(胚性幹細胞):倫理上の問題:胚の破壊は、人間の尊厳の侵害ではないか?
日本で2001年「ヒトクローン法」、ドイツで1991年「胚保護法」ができた。
④背景には「世界人権宣言」1948年、「ドイツ基本法」1949年、冒頭「人間の尊厳は不可侵」・・これを尊重し擁護することが国の義務とある。
⑤カントが「人間の尊厳」の実質を説明。
1997年ユネスコ総会「ヒトゲノム人権に関する世界宣言」の中で「人間の尊厳と多様性」がキーワード。「いのちの神聖さ」がそれを保証するとある。
⑥バイオテクノロジーへの危機感、
⑦遺伝子への増進的介入への批判:
人間の自由と新しい可能性は、思い通りにならない出生の自然性によって支えられている。
⇒新しいことを始めようとする自由がある。(ハンナ・アーレント;J.ハーバーマス)
2.科学・技術と宗教の関係
A. 宗教とは何か?「聖なるものとの体験的出会いとそれに規定された人の応答行為」
B. 宗教に対する科学者の3種の立場:
①自然法則に神性を見る、②神の存在を否定、③自然法則には神性がない。
<科学と宗教の関係:アインシュタインの場合>
・自然法則に神性を見た。後に超国家的秩序を保つ国連を目指す平和運動に繋がる。
・宗教観:宗教のない科学は片足をもがれ、科学のない宗教は盲目である。
・科学、宗教、芸術など様々な活動を動機づけているのは崇高さの神秘に対する驚きである。
・ソ連科学者が反論。その批判に共感しつつも、社会主義の危険を訴えた。
C.科学に対する神学者・哲学者の立場:「宗教と科学は相互補完の関係」と説く。
D.科学に対する哲学者・歴史学者の立場:科学者は宗教・倫理的見識を拠り所にすべき。
E.宗教と科学の相克/関係史:旧約聖書の「天地創造」物語、地動説と天動説の歴史
・現代カトリック教会の科学・技術に対する向き合い方:ガリレオ裁判の誤りを認めた。
・聖書の人類創造物語と進化論をベースにしている。
F.科学技術文明のなかの「人間」の意味:宇宙における人間存在の意味/神の似像である。
G.遺伝子技術とバチカン教皇庁:
神によって与えられた生物学的統合への責任「人間はどこまで自身を作り替えることが許されるか?/人の治療を目的とした生殖細胞系列の遺伝子工学は、それ自体は認められる。ただし釣り合いの取れない危険を伴わない仕方で、それをどう実施できるかを想定できる場合と、生殖技術を用いない場合に限る。
H.遺伝子工学による増進的介入:
先天的症状の緩和や死期の迫っている人への緩和治療など特定の性格の改善を目的としたものには認められているが、自分が選択した目的のために身体的生命を犠牲にすることになるものは認められていない。
3.科学・技術を女性の視点から再考
4.総合的な視点からどのような社会が望まれるか?
※3.と4. については時間切れとなり残された。できれば別の機会にお話し頂きたい。
【主なQ&A】
1.キリスト教のカトリックとプロテスタントの違いは?
→ ともに倫理を共有しているが、カトリックはローマ法王を頂点とする教会を持ち、一方でプロテスタントは連合組織である。
2.ドイツの現在の宗教観は?
→カトリック教徒はドイツ南部に多く、プロテスタントは北部に多い。比率は1対1である。
3.神道には教典が無く、宗教ではないと言われるが?
→キリスト教は聖書が命であり、聖書の重要さを説くが、神道は太陽のような自然を神秘
的なものとしてとらえている。倫理的な規範は弱いが、宗教として認められている。
4.バチカンは天動説をなぜ支持したか?
→キリスト教の横暴であるが、地上が全てであり、大地中心の考えから天動説を支持した。
5.宗教が無ければ、世の中が良くなるのではないか?
→イスラム教やロシア正教は国家と宗教が一体であり、宗教が政治利用されることに問題があるが、それ以外の宗教は自由で、人々の行動を制約するものではない。
6.作物の遺伝子操作は神の域に入り、問題ではないか?
→日本では生命倫理に取り組む研究者が少ない。もっと倫理を学び、声を上げる必要がある。
<所感>
近年の異常気象、コロナ感染、そして特にロシアのウクライナ侵攻後は日本も軍備の強化、原子力発電の見直し等が進められ、経済とのバランスの中で倫理的問題が後回しになっているように思われます。そんな中で、科学・技術と倫理を中心のお話しは、大変考えさせられる内容でした。また、遺伝子レベルの操作、AIの利用などが日常化しており、ここでも倫理の面からの検討が必要と思われます。特にドイツとの比較において日本は倫理に関する捉え方が曖昧で「人間の尊厳」を軸とする配慮の中で新たな科学・技術を取り入れることが求められていると思います。
従来の講師とは異なる視点からのお話は大変貴重で、有意義でした。時間切れとなってしまった残りの話も別な機会に是非伺いたいと思います。ありがとうございました。
【報告者:庄子房次/山岸任】