第232回セミナー報告「環境エピジェネティクス~ヒトの健康と疾患との関係性~」2022年7月
2022年 08月 04日科学技術者フォーラム2022年7月度(第232回)セミナー報告
「環境エピジェネティクス -人の健康と疾患との関係性-」
日 時:2022年7月23日(土)13:30~16:15
開 催: Web(ZOOM)オンライン
参加者:22名
講演者:環境エピジェネティクス研究所 所長
農学博士 渋谷 徹 氏
【講演概要】
1.エピジェネティクス(Epigenetics;EG)とは
・EGは、遺伝子と環境の相互作用により表現型が決められることを研究する生物学の一分野で「後成遺伝学」とも呼ばれる。
・遺伝子は、化学物質や栄養条件、ストレスなどの様々な環境因子によって発現が ON/OFFされている。EGは多細胞生物への進化過程で環境に効率良く適応・機能するために獲得したと考えられる。
・生物の進化は環境に対する遺伝子の選択だが、EGは環境が遺伝子の働きに影響を与える可能性がある学問分野である
・EGは、個体の発生過程や細胞分化・成体の生命維持に大きな働きを有しており、これらが撹乱されると様々な疾患が誘発される。
2.環境エピジェネティクス(EEG)
・EGは、環境からの影響に精緻に反応し、遺伝子の発現を変動させることができる。
・一卵性双生児の細胞は同一の遺伝子組成で構成されている。成長に伴い、両者の健康や病歴の差異が顕在化する。それらは環境因子の影響によるものと考えられている。
・近年、胎生期・発達期に様々な環境因子、特に医薬品・農薬・一般化学物質などに曝露される機会が増加し、栄養学的な諸問題や社会的なストレスによる影響も増えている。また「発達障害児」の増加も問題化し、EEGとの関連性も示唆されている。
3.ヒトの健康・疾患とEEG
・ヒトの健康・疾患は、遺伝と環境の相互作用による影響を受けている。
・体細胞レベルのEEG関連疾患例として、発がん(発生・進展・転移・血管形成作用など)、発達障害、代謝性異常疾患(糖尿病など)、自己免疫疾患などがあげられる。
・生殖細胞におけるEEG疾患例として、さまざまな生殖機能低下が知られる。
4.生殖細胞の発生・分化とEEG
・生殖細胞の発生分化における種々の現象はEEGによる遺伝子発現制御の結果。
・すべての哺乳動物の原型はメス型XXであり、Y染色体にオス化遺伝子が存在するとメス個体のオス化が開始される。
・哺乳類のメスでは、どちらかのX染色体の活動が休止(不活性化)している細胞のクローンからできている(モザイク個体)。
・メスとオスの染色体では、不活性化部位が異なる(GI:Genomic Imprinting)。
・GI修飾は胚発生期の「始原生殖細胞」の段階で起き、胎仔着床の成否、胎仔の発育・成長の制御、単為生殖防止や外来遺伝子防御などの作用のほか、遺伝病の発現などにも関与している。父由来ゲノムと母由来ゲノムは拮抗的に働いている。
5.継世代エピジェネティック遺伝(Transgenerational Epigenetic Inheritance(TEI))
・生物が何らかの環境因子の影響を受けてから、その世代交配後にその環境因子に曝露されていない連続した世代において毒性が発現する現象を「継世代エピジェノミック遺伝(TEI)という。
・TEIは細胞記憶が配偶子形成時および発生初期において消去されるとの「生物学の定説」を覆すもので、「毒性学のパラダイムシフト」といわれている。
・TEIは環境因子に暴露後の動物の世代交配のF2世代以降、妊娠メスに投与した場合はF3世代以降で何らかの影響が認められることである。
6. 内分泌かく乱物質とTEI
・多くの内分泌かく乱物質(EDCs)にTEIが認められており、それらのEG作用を検討する必要がある。その解明によってTEI の重要性が深まる可能性がある。
7.カネミ油症と TEI
・1961年発生のPCB混入米ぬか油摂取による「カネミ油症」被害者の第二および第三世代に同様の症状が確認されたため、次世代調査が開始され、2022 年に中間報告が発表された。該疾病は原因が明確であるため、TEI の解明に資する可能性がある。
【主なQ&A】
Q1:ピロリ菌でのDNAのメチル化は上皮細胞で起きるのか。メチル化が継体化されるのであれば、ガン化リスクが高くなるのか?
A1:ピロリ菌が胃の上皮細胞のメチル化を引き起こし、それがガンになる可能性が高い。またメチル化は引き継がれることはない。
Q2:TEIにニコチンが挙がっているが、どんな事例があるのか?
A2:たばこ(含電子たばこ)のニコチンの経世代にわたる影響は不明で、今後の課題。
Q3:農薬、遺伝子組み換え食品の影響についてどこまで見極め切れているか?
A3:農薬の影響については必ずしもわかっていない。ランドアップ(農薬)はメーカー側が全試験を行い、安全であると主張している。遺伝子組み換え食品はあまり問題ないと思われるが、ゲノム組み換え(編集)食品はもっと客観的評価が必要とされる。食品添加物の影響では、所定の試験は行われているが、経世代遺伝の試験は必要とされる。環境ホルモンの影響では、必ずしも解明されているわけではない。
【所感】
生殖細胞のEG生成・機能の関する部分が大変興味深かった。性染色体の原型がXXのメス型であることは誰もが知っているだろうが、X染色体のうち片方が不活性化する「X染色体不活性化」の話、GIの話、父性・母性のGIが協力して胎盤、胚が形成される話がありました。生殖細胞の巧妙な協働作業、人類頑張れ! 【報告】後藤 幸子