209回セミナー報告「こころの科学~『発達障害』にみる『そだち』『なおり』」2019年11月
2020年 01月 06日科学技術者フォーラム 2019 年11月度(第 209 回)セミナー報告
こころの科学~『発達障害』にみる『そだち』『なおり』~
日 時 : 2019年11月16日(土) 14:00~16:50
会 場: 品川区立総合区民会館「きゅりあん」5F第4講習室
参加者: 35人
講演者:児童精神神経科医 石川 憲彦 氏
今回のセミナーは、永年にわたり、障碍のあるこどもの医療に携わってこられた児童精神神経科医の石川憲彦先生から「こころ」の科学についてお話を伺いました。
【講演要旨】
以下のキーワードを中心にお話が展開し、ディスカッションがなされた。
• 神経発達障害 Neuro Developmental Disorder
• 自然淘汰から人為淘汰へ
• 物理化学的法則 vs 生き物学的法則 再生(そだつ・なおる)
• 生き物学的法則 vs 心の法則の変質
• 個体発生と系統発生
• AIによる診断・対症療法
• BTによる根治療法とそのリスク
• 心の科学の可能性 できなさのRe-spect
1. AIの時代、スマホに乳児まで反応が楽しくて虜になっている。親は常時反応してくれないが、スマホは動かすと反応するから夢中になる。子供が求めているのは応答(Re-action)であり、リアクションによって人間の精神は学習し成長していく。スマホは指をスライドさせると反応したかのように画面は変わる。しかし反応は機械が決めたるルールで動き、自然界の反応程に優れるものではない。自然界においては、指をスライドさせても一見しただけでは何も変化しないが、実際には実に多様で複雑な貴重な応答が起こっている。
2. 生命は物理化学的法則に依拠しつつ、独自の「生き物学的な法則」を自己形成・増殖(再生=そだつ・なおる)し続けてきた。この40億年にわたる生命の進化を、赤ん坊は胎内で水中、生後は陸上で哺乳類としての系統発生過程を追体験しながら成長し発達する。進化の過程で生命個体は数多くの変異可能性(=発達異常)を抱え込む。哺乳類は数億年かけて独自の神経系の進化により「こころ」という賜物(自然淘汰による奇形)を形成してきた。数十万年前に誕生した人類は、独自の「心の法則」を育て、文明・文化を展開し、ここ数千年の間に「自然淘汰」と拮抗する「社会(人為)淘汰」への流れを構築してきた。
3. この200年のTechnology産業構造の変化により、人と人やモノ、自然などの伝統的な関係性や価値観が激変した。人間の平均寿命はここ100年で倍増したが、それはTechnologyの進展により栄養や生活環境などの生存条件が改善したためである。
4. 物理化学的法則は論理的・合理的なものだが、生き物学的法則は合目的である。生き物学的法則は自己保存のために、生きようとする力=再生(育つ、治る)力に従うが、精神は心の法則に従っている。これら3法則は時に対立する。例えば、落下することや命の危険を感じつつも崖の上で足がすくんで動きが鈍り落下することや、過去の白木屋デパート事件のように飛び降りれば助かる命を落とすことなどがあげられる。精神医学は、物理科学的法則から遠いところにあり、未だ科学の領域に達していない。ゲノム診断や再生医療は従来の対症療法に代わる根治療法となるといわれているが、精神医学の分野は科学的基盤が未整備である。
5. かつてエジプト、ギリシャ、メソポタミア等の古代権力は、病気の「恐れ」を神秘的秘術に転嫁して政治利用した。この恐れを神(自然的生命法則)に対する合目的「畏れ」へ導いたキリスト教も政治権力化し、ペストなど感染症への恐怖を利用しながらカトリック的宗教権力を操作した。
6. 昔の病気は欠乏から生じたが、現代の病気のほとんどは過剰が原因である。 Ex: 生活習慣病・糖尿病(糖の過剰)、心臓・脳血管病(脂質過剰)、癌(年齢過剰)。工業生産性の量的な変化が「生きもの学的法則」を変化させたためで、現代のTechnologyは自然の「直り」(治癒)にも深く影響を及ぼしている(Ex: 成人病予防、健康診断、抗生物質の投与、インフルエンザ予防接種、等々)。近年の情報生産性の質的な変化は、自然治癒力をも変質させつつある。このストレスや不安によって、精神疾患を有する患者数が増えた。例えば、社会的要因に左右される自殺死亡率にそれは反映される。
7. 同様の影響を育児も受け、伝統が失われ、子どもを巡る環境や親のあり方や習慣までが一変した。高度経済成長時代の子供のしつけのキーワードは、「早く」「ちゃんと」「きちんと」であり、まさにTQCそのものである。「体力づくり」「人間づくり」など、ものをつくるように人を育てる言葉が急増し、子育ての感覚を変化させた。身体的成長をTechnologyによる豊かさが容易に保障するようになると、「知的発達」「精神的成熟」「社会性の発達」などの質的変化が注目されるようになる。これが文科省主導の発達障害者支援法定の主因である。
8. 学習障害者の比率は、統計にもよるが日本6%、米国18%、ドイツ30%程度とされる。学習できない=負なのか?悪なのか? 「雪がとけて?になるか」の正解は「水」だけか?「春」は不正解か?農耕社会で培ってきた自然の知恵でなく、普遍性のある知識が重視されるようになった。
9. AD/HD(Attention-deficit /Hyperactivity disorder: 注意欠如・多動症)はアメリカでは約8%とされ、社会問題になっている。しかし、その特徴的な行動は誰にでも該当するもので、生物学的には病気と考えるよりむしろ哺乳類が自然界で生存するために獲得してきた重要な生理的機能と見る方がよい。
10. 自閉スペクトラム(広汎性発達)障害者は約2%とされ、コミュニケーションや社交性が苦手とされる。しかし、本来は職人気質といった形で文化的に賞賛されてきた性向で、診断自体が医師によって大きく異なる。
11. これら発達障害の成因については、母子関係、育児不全から、周産期障害、脳機能障害説に至るまで定説なく展開してきたが、現在「 “なりやすさを決める”遺伝子群に対して発現の“引き金を引く”環境の悪化」説が有力視される。しかし「なぜ突然精神障害が生まれたのか?」という歴史を紐解くと、最大の原因は産業構造の変化が発達障害を社会的に不利な存在としたことに求められる。
12. 産業革命は、農業社会から都市型工業社会への移行に際し、社会のソフトな管理体制としての教育と医療(学校と精神病院)の二本柱の開設によって、社会矛盾の解決に当たった。しかし情報産業社会の枠組みに対しては両機能が不全に陥ろうとしており、その矛盾が発達障害者支援法に象徴される。
13. この矛盾は薬の使用にも表れている。この半世紀AD/HDに使用されたのは覚醒剤で、子どもの健康や安全より行動の矯正が重視されてきた。この誤りは1937年英国でアフェタミン(覚せい剤)禁止以来明確にされていたが、教育的要請の前にリスクを軽視して敢えて禁を犯し続けることになってしまった。抗精神薬には危険な副作用も付きまとう。現在も、多剤・大量・長期使用による弊害は、精神科最大の問題である。
14. 投薬治療は原則有害である。これに対し、過去にイギリスの精神科医クックソンらの作成した原則があるが、今日原則追加の必要がある。FDAも薬剤の有効性議論の出発点から、製薬メーカー、保険業界、研究者の意識が相互作用して、有効性を過大評価するバイアスが出来上がっていると警告している。
15. 脳内では非常に多くのシナプス(神経回路)結合が形成されており、人間の脳では特に大脳皮質が著しく発達し、独自の高次機能を維持している。したがって、シナプスの機能に関与する蛋白質(遺伝子)に異常があれば、神経系の発達に障害が起こりやすくなる。自閉症に関連する遺伝子は500以上があることやシナプス活動の基本的機能に関与する神経伝達物質の関連遺伝子数は約60あることも知られている。単一遺伝子が関与する疾患の遺伝子治療(根治)が始まったが、多因子遺伝が主体の精神障害に対する治療(根治)の可能性は、当面極めて難しい上、倫理上の問題も多い。
16. 精神機能も本質的には人間の生命維持・防衛を最大の任務としている。身体疾患(Dis-ease)は、この機能の生物学的破綻によって起こるが、精神障害はDis-orderで対人・対社会関係が安全・充足して安定していれば殆ど自然回復する。この安定のためには、投薬以上に心の法則に則ったRe-spect(すべてを見つめ直し再度新方向を発見する=尊敬)し合える環境調整が重要である。
質問1 子供の患者とのお付き合いはあるのか?⇒ 診察室だけでなく、キャンプなども含んで付き合っている。
質問2 精神障害は対症療法?根治療法もあるのでは?⇒根治は存在しないが、かつて精神障害とされたてんかんのように対症療法でコントロールできる状態もある。
質問3 リチウム製剤はそう病に効く?⇒ そうにもうつにも使える。
質問4 筋肉を鍛えると精神病に良い?⇒ ランナーズハイと言われるようにドーパミンが発生する等色々有効。
質問5 患者増は農薬の影響があるのではないか?⇒ 環境物質による遺伝子作動停止などが起こっている可能性はある。
【最後に】
石川先生のお話は大変興味深く・面白く、本の数冊分になるような、多岐にわたる内容のご講演をいただきましたことを深く感謝申し上げます。先生の益々のご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げます。
【報告者:大山 敏雄】