第203回セミナー報告「炭素から水素の時代に向けて~水素・燃料電池技術開発の最新動向~」2019年5月
2019年 06月 18日H31年5月度(第203回) セミナー報告
1.日時 :2019年5月18日(土) 14:00~16:50
2.場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」4F第1特別講習室
3.参加者:51名
4.題目 :「炭素から水素の時代に向けて」~水素・燃料電池技術開発の最新動向~
5.講演者:北海道大学名誉教授 理学博士 市川 勝 氏
<講演要旨>
1)エネルギー消費の歴史と水素:低炭素化社会に向け、様々な再生可能エネルギーの技術開発が世界中で進められている。エネルギー消費は、20世紀に急激に増加し、この増加は、世界の人口の増加に対応している。80日間世界一周の作者のジュールヴェルヌは、「水は未来の石炭になる」と水素・燃料電池時代の到来を既に19世紀に予見していた。
2)燃料電池とその市場:燃料電池は、水素を燃料とする化学発電器である。水素・燃料電池の技術開発においては、日本が世界を牽引している。触媒(Pt)が無いと著しく効率が悪い。燃料電池の電力変換効率は、45%と高く、発生する熱の利用効率を合わせると85%の効率でエネルギーとして利用できる。燃料電池は、高分子イオン交換膜をPt触媒で挟んだ構造になっている。イオン交換膜は、デュポンのフルオロカーボンスルホン酸が有力な特許であったが、約10年前に切れて、皆が使えるようになり低コスト化と普及が加速した。
燃料電池としては、既にパナソニックのエネファーム(0.3~0.7KWh)が15万台、トヨタのミライ(114KWh)が4万台普及している。トヨタのミライは、750気圧の水素ボンベ2基を搭載している。その他、ホンダのスクーター(1kwh)やトヨタのリフト(30KWh)などがある。小型サイズの1~10KWhマイクロ燃料電池や、1~20kwhのUPSが市販されている。電気の来ていない公園や山に東芝のFC自販機が設置されている。20-50MW級水素コンバイン発電もまもなく稼働する。川崎重工や日立製作所が開発を進めている。ホンダのアシモは、Li電池のランドセルを背負っているが、これを燃料電池にしたい。燃料電池がLi電池に対してどれだけ、容量とコスト競争に打ち勝っていくかが重要だ。
3)水素発電と電力コスト:水素をエンジン燃料に用いる。マツダは、水素のロータリーエンジンを開発している。カロリーでは、水素の34,000kcal/Kgに対して、ガソリン10,000、メタン13,300、石炭6,500である。経済産業省の水素基本戦略シナリオでは、CO2フリー水素を海外で製造・輸送して国内導入する。2030年には水素発電の電気価格を17円/KWhとし、更に将来は、12円/KWhとして、従来の化石燃料火力発電を置き換えるとしている。電気を何で作るかが重要だ。水素は、化石燃料よりは高いが、CO2の排出は無い。CO2排出削減効果を含めた全体の発電システムのコスト評価を考えなければならない。
再生可能エネルギーで、水を電気分解して水素を作るとコストは高い。岩谷産業、JXエナジーは、水素の買い取り価格を500-600円/Kg-H2と、販売価格を1,100円/Kg-H2としている。現状の風力・太陽光発電ではこの価格をクリアー出来ない。例えば大型洋上発電機を数10基並べるような方法で発電コストを6円/KWh以下にできれば、電解水素の事業化の可能性はあるかも知れない。
4)バイオマス資源を活用した水素製造:800~1000℃の高温水蒸気を活用してバイオマス資源をガス化することにより、発電と水素製造が出来る。バイオマスエナジーは、20-50KWのガス化・発電を実証開発した。高橋製作所やテスナエナジーは、100~1000KWhのガス化発電と水素製造プラントを手掛けている。バイオマスのガス化で製造する水素のコストは、風力発電で製造する水素のコストの1/3(350円/Kg-H2)で作れる。
5)有機ハイドライド:トルエンやナフタレンは、Pt触媒により水素化(貯蔵)して、メチルシクロヘキサン(MCH)やデカリンとなる。また、逆の脱水素反応(水素供給)も同様にPt触媒で起こる。この水素貯蔵と供給を高効率で行う物質を有機ハイドライド(市川先生命名)と呼ぶ。有機ハイドライドは、常温・常圧で液体であり、取り扱いが安全で簡便である。有機ハイドライドの重量比水素吸蔵率は、6-7%であり、金属への水素吸蔵の2%より多い。350Km走行のFC車は、350気圧120Lの高圧ボンベを抱えているが、有機ハイドライドにすれば、1気圧-60Lで済み、1/800に水素を圧縮貯蔵することが可能である。従来のガソリンと同様に扱えるため、安全・簡便・簡単に貯蔵と運搬が出来る。 有機ハイドライドから、高速に(1-10Nm3-H2/h)水素を供給できるコンパクトで低コストなマイクロ水素ジェネレータがフレインエナジー社で開発されている。陽極酸化で多孔質にしたアルマイト表面にPt触媒を担持させた脱水素反応器である。近年、これを搭載する水素混焼エンジン自動車の実証開発が進められている。生成した水素をガソリン比3~10%加えることで、エンジンの燃費は、30~50%向上する。ただし、レシプロエンジンはそのまま使えるが、水素インジェクターを具備する必要がある。2008年の洞爺湖サミットでフレインエナジー・フタバ産業・伊藤レーシングによる共同開発とデモ試乗が行われた。
北海道別海町では、牛の糞からメタンを発生させ、メタンから水素とベンゼンを製造して、得られるベンゼンに水素を水素化貯蔵するプラント実証試験が2003-2007に実施されている。千代田加工は、有機ハイドライドであるMCHを用いる50Nm3-H2/h水素貯蔵および水素供給性能のデモプラントの実証事業をおこなった。有機ハイドライド技術開発については、水素ステーションや水素の船舶輸送において石油・燃料業界が強い興味を持っている。
6)有機ハイドライドを用いた再生可能エネルギーの貯蔵技術:最近、東京大学、クインズランド工科大学、JXTGエネルギー、千代田加工は、有機ハイドライドの電解還元(有機ハイドライド電解合成法)による低コスト水素貯蔵、運搬技術開発の実証実験を行い、従来比50%のコスト低減を確認した。風力発電や太陽光発電で水を電気分解して水素を作るのではなく、有機ハイドライドを電解合成することで、あたかも有機ハイドライドが蓄電池のように便利に使えるという事である。有機ハイドライドは、電気を高密度で貯蔵・運搬するエネルギーキャリアである。
7)有機ハイドライドを用いた大規模な水素蓄電システムや充電可能な有機ハイドライド燃料電池の技術開発が市川Gを中心に進められている。有機ハイドライドポリマーを用いるコンパクトで大容量の充電可能な再生型燃料電池システムの開発が可能である。従来のNiCd電池、Liイオン電池に比べて、有機ハイドライド燃料電池は、エネルギー貯蔵密度が1桁高く大容量な低コストバッテリーである。有機ハイドライド燃料電池を搭載する長距離走行の電気自動車や再生可能エネルギーの大容量・低コスト電力貯蔵・供給に向けた実用化開発が期待されている。
8)質問:
・バイオマスを用いた水素生成はどのように進めたら良いか。(K氏)
⇒バイオマスの収集とスペック化が問題。システム・インフラ整備のための自治体負担が大きい。地域連携規模で、大きなセンターを作って地域需要をカバーしておこなう必要がある。
・Liイオン電池と比較して、NiCd電池の方がパワーはあると考えている。Liイオン電池は応答性が良い。
⇒Liイオン電池は大容量需要に向けて、Liの供給量とコスト高に難があると思っている。この点において有機ハイドライド燃料電池の優位性が指摘できる。
・水素貯蔵材としてアンモニアはどう考えるか。
⇒アンモニアは、冷房機でも使われなくなった。毒性に難があると考える。有機ハイドライドは、まさに石油と同等に扱えるもので、安全で社会導入が容易であり、将来展開において夢がある。