第196回セミナー報告「農業と環境の調和をめざして〜日本とEUの農業環境政策を概観する〜」2018年10月
2019年 01月 01日科学技術者フォーラム平成30年10月度(第196回)セミナー報告
農業と環境の調和をめざして〜日本とEUの農業環境政策を概観する〜
1. 日 時:2018年10月20日(月)14:00 〜16:50
2. 場 所:品川区立総合区民会館「きゅりあん」4F第1特別講習室
3. 参加者:30名
4. 題 目:「農業と環境の調和をめざして〜日本とEUの農業環境政策を概観する〜」
5. 講演者: (一社)フードビジネス推進機構・代表理事、東京大学名誉教授、CIGRフェロー
佐藤 洋平 氏
<講演要旨>
I.環境と調和する農業−EUの農業環境政策から−
・OECDにおける農村地域の定義は150人/㎢だが、日本は500人/㎢と別格扱い。利用国土面積中の農用地に占める草地面積比率は、欧米主要国が30〜64%だが、日本は僅か3%である。
・欧米各国の国土利用計画は1960/70年代は地域整備重視だったが、深刻化する地球環境問題や工業化による豊かな社会の実現、農産物の供給過剰問題などを背景とする1975年の「山岳地等条件不利地域の農業に関する指令(EC理事会規則75/268号)において、当該対策の目的の1つに、環境の維持管理に貢献する農業の奨励を加えることを嚆矢として、1980/90年代は環境重視となった。以降、EUにおいては農業保護水準を大きく減じることなく保護の「方法」を変える、農業と環境との調和を図る政策へと推移している。
・1985年、EC理事会規則において環境保全に関する措置(ESA)が構造政策に取り入れられ、さらに1992年における共通農業政策(CAP: Common Agricultural Policy)の改革により、従来の農畜産物の価格支持政策を大きく見直して、支持価格の引き下げを断行し、その代償措置として直接支払制度を導入した。この改革において、環境改善のために農法変更等に伴い発生する追加的生産費あるいは所得減少分の農家への直接支払(所得補償)とクロス・コンプライアンスの条件化など環境政策と農業政策の一体化が進められ、本格的な農業環境政策の取り組みが開始された。
・EUの施策例に関し、英国のESA(環境保全優先地域)とES(環境スチュワードシップ)事業、オランダのrelatie nota(関係白書)のもとに開始された管理協定などを概観した。
II 農業の公益的機能と日本における農業環境政策
・日本における農業環境政策の実施はEUに比べて15年程度の遅れをとっている。ECで1975年に開始された条件不利地域対策と類似の対策である中山間地域等直接支払が日本で開始されたのは2000年で、25年の遅れがみられるが、これにより日本では初めて直接支払が導入されたことは括目してよい。
・農業環境政策におけるEUと日本の根本的相違は、EUが農業は環境に負荷を与えていることを前提において政策の体系を築いていることに比し、日本はどちらかというと、国土保全、自然環境の保全など農業の公益的機能を前提に置いていることにある。この相違は畑作農業と稲作農業という農業形態の違いによると思料され、国土面積に占める農地面積の割合の大小とも関係しているであろう。
・1999年7月に施行された「食料・農業・農村基本法」において、国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成など多面的な機能を適切かつ十分に発揮することの必要性が初めて謳われた。この基本法のもと、農村環境の保全・形成に配慮した基盤整備の実施や自然循環機能の維持増進、農村の振興など、農業の有する多面的機能を促進させるためのさまざまな施策が進められた。
・2000年の中山間地域等直接支払制度の実施、2001年の土地改良法の改正、2007年の農地・水・環境保全向上対策制度の創設、そして農地・水保全管理支払交付金および中山間地域等直接支払を2014年6月に法制度化した「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」などが制定された。
(報告者:太田 哲夫)