科学技術者フォーラムH29年3月度セミナー報告「発達障害の原因と発症メカニズム−「シナプス症」の多様な症状と農薬などエピジェネティックな環境要因」
2017年 06月 24日H29年3月度(第177回)セミナーの報告
1. 日時 :2017年3月4日(土) 14:00〜16:50
2. 場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F 第4講習室
3. 参加者:27名
4. 題目 :発達障害の原因と発症メカニズム−「シナプス症」の多様な症状と農薬などエピジェネティックな環境要因
5. 講演者:環境脳神経科学情報センター代表 首都大学東京大学院客員教授 黒田洋一郎 氏
6. 講演要旨
1)発達障害の増加
・日米欧韓において、自閉症スペクトラム障害(自閉症)、ADHD(注意欠如多動性障害)、LD(学習障害)などの発達障害児が急増しており、男女全体で2.6%が自閉症であるという報告がある。その原因としては遺伝要因だけでなく環境要因が考えられ、環境化学物質などが増加していることが明らかにされつつある。
・発症メカニズムは特定の脳高次機能に対応する機能神経回路の発達異常と考えられ、どの神経回路(シナプス)形成・維持の異常によって、どんな症状かが決まる。
・環境要因は農薬、ダイオキシンなどの化学物質環境、また養育環境などと多様であるが、いずれもシナプス形成・維持に関係する遺伝子の発現を変化させる、広義のエビジェネティックな影響による。
・農薬(有機リン、ネオニコチノイドなど)などの環境化学物質は、母親の汚染などを経て胎児期や乳児期の子供の脳に侵入し、脳内の脆弱シナプス異常を介して、発達障害の各種症状を発症すると考えられる。
・発達障害の有病率および単位面積当たりの農薬使用量を国別に比較したところ、両者に相関が認められ、また自閉症スペクトラム障害の有病率は韓国が第一位、日本が第二位であるという報告がある。
・最近では、精子、卵子、体細胞の突然変異による自閉症発症も注目され、そのために環境要因として遺伝毒性のある化学物質や放射性物質の影響も考えられる。
・大人の発達障害も増え、年齢とともに良くなったり悪くなったりする。特に年齢とともに障害が継続し、育児放棄、虐待、いじめ、引きこもり、職場トラブルなどを起こすこともある。
2)有機リン農薬、ネオニコ農薬の発達神経毒性
・有機リン系農薬の曝露が子供の脳発達に悪影響を及ぼすことについては、2010年の有機リン系農薬代謝物の尿中濃度とADHDの相関を調べた疫学研究が注目される。2012年、米国小児科学会は「農薬曝露による子どもの発達障害などの健康被害を公的に警告した。
・2016年の日本の3歳児の尿検査では、100%が有機リン系農薬に、80%がネオニコ農薬に汚染されていることが報告されている。
・ネオニコ農薬を妊娠中/授乳期の母マウスに与えたところ、胎盤、授乳を介して農薬に脳が曝された仔マウスのオスは低濃度でも異常な性的行動が見られ、さらに濃度依存的に不安/多動行動が示された。
・成熟マウスにネオニコ農薬を無毒性の低濃度で投与しても異常行動が生じ、また発達期マウスにネオニコ農薬を投与したところ濃度依存的に多動性が増加した。このことから、幼児期、小児期、学童期、成年期でもネオニコ農薬などの環境化学物質によって後天的な脳の異常が発生する可能性がある。
・この数十年間、ネオニコ農薬等の発達神経毒性を持つ環境化学物質を野放しにしたことが、発達障害児増加の主な原因であると強く疑われる。
3)ネオニコ農薬の発達神経毒性以外の毒性
・2003年に群馬県は有機リンに替えて、新農薬ネオニコの松林、公園などへの空中散布等を始めた。近くの住民に従来の農薬中毒症状以外に肺、心臓に異常が見られる患者が急増した。ネオニコ農薬の吸入、またそれを含む果物、野菜、飲料摂取によるニコチン様急性/亜急性毒性症状が示された。
・ネオニコ農薬をトリ(ウズラ)に投与したところ、精巣生殖細胞数の減少、DNA断片化細胞数の増加、産卵率の低下などが確認された。また佐渡のトキはより感受性が高く、長年生殖に失敗していたが、ネオニコ農薬を使用しなくなってから繁殖に成功した。
・低濃度のネオニコ農薬曝露でミツバチが異常行動を起こし、低用量のネオニコ農薬曝露でマルハナバチの女王バチが減少することが確認された。
4)日本農業の展望
・日本では、欧州でほぼ禁止されている有機リン系農薬がまだ使用され、それに替わったネオニコ農薬の使用量は増加している。ネオニコ農薬は殺虫性が高く、少量で済むので、ヘリなどの空中散布に適し、さらに浸透性なので種をネオニコ農薬で処理するとそれは成長後の葉や茎にも広がり、殺虫効果が維持され、農家にとっては極めて都合がよいものである。
・農水省は2016年にやっと「ネオニコ農薬の規制を検討する」と国会への答弁書に書いた。
・最近の日本で、無農薬/有機農業が新たに農業に参入する若者の間で特に盛んになる傾向にあり、より安全な野菜や穀物が入手し易くなってきた。
7.質疑応答
1)農薬とは?:主に殺虫剤であり、除草剤は含めない。
2)疫学調査の地域差?:10いくつかの都市を選定して、農薬による発達障害児発生の実情を調査したことがあるが、地域差はあった。
3)農薬の使用状態?:中国、台湾では農薬の使用量は非常に多い。日本でも、昔は有機リン系を多量に使用し、最近では殺虫力の強いネオニコを少量使用するようになったが、農薬の効果は同程度である。
4)ネオニコ農薬の実情?:種もみの段階でネオニコ農薬に漬け、育っても農薬作用があるようにしている。農作業は楽になったが、その農作物を口に入れれば体に蓄積するのは変わらない。またネオニコ農薬浸漬による種もみによる農作物を無農薬とは言わない。
5)発達障害児の年齢による変化?:子供の時に発症しても大人になると22%程度は良好になる、という報告がある。
6)シナプスの障害対策?:根本的な治療は無理である。農薬摂取をやめることが重要で、体に入ったものを除くことは無理である。
7)韓国の自閉症の状態?:自閉症と診断される子供の数は韓国が世界第一位、日本が第二位であるが、韓国の環境への配慮は進みつつあるので逆転される可能性がある。
8)ネオニコ農薬の毒性の閾値?:閾値はある。
9)米国の農薬空中散布の実情?:単位面積当たりの農薬量は少なく、また自家近くに撒かないので人間への曝露量は少ない。
10)アルミ材料の影響?:アルミ鍋はアルツハイマー発症という点で好ましくなく、ステンレス製に替えれば良い。
8.感想
“農薬を通常使用している農家でも自分たちが食べる分は無農薬である”という話は前からよく聞きますが、経済優先、食の安全無考慮という実態は今でも継続されているようで、極めて由由しき問題です。この状況が発達障害児急増につながることを良く理解できました。
以上
(報告者:木村芳一)