科学技術者フォーラムH28年7月度セミナー報告:「核酸研究の歴史と新たな可能性」−DNA・RNAの化学−
2016年 08月 25日H28年7月度(第169回) セミナー報告
1.日時 :2016年7月30日(土) 14:00〜16:50
2.場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F
3.参加者:31名
4.題目 :「核酸研究の歴史と新たな可能性」−DNA・RNAの化学−
5.講演者 :信州大学大学院 総合工学系研究科 教授 志田 敏夫
<講演要旨>
・地球の誕生から現在までを1年とすると、地球カレンダーからは、人類が現れたのは12月31日23:00以降である。我々の遺伝子情報(DNA)は、約1万人のご先祖様から受け継がれてきたものである。
・ヒトの場合、受精卵に含まれるDNA(遺伝子)は高々2メートルの長さであるが、成人して細胞数が60兆個に達したときには1個体当たり120兆メートルで、この長さは、太陽系を2回以上括れる長さになる。
・DNAは生命の設計図。DNA、RNA、核酸、遺伝子、ゲノム、染色体等、基礎的内容の説明がされる。DNAの構造と塩基対の話し。リポソームでメッセンジャーRNAが複製をつくる。DNAにウラシル基が使われないのは、UとGの違いが分からず、DNAの修復がうまくできないから。
・DNAの立体構造は、親水性が外側、疎水結合が内側になっている。大腸菌などの原核生物は、環状型のDNAを持っている。真核生物は末端にテロメアがある。
・DNAは生体物質の中で唯一、化学的な損傷(ダメージ)を受けても修復される。メッセンジャーRNAやタンパク質、その他生体物質は化学的損傷を受けた場合、分解されて捨てられるか、一部は再利用される。DNAの活性酸素による損傷や修復メカニズムが分子レベルで視覚的に明らかになったのは合成DNAや合成RNAが容易に手にできるようになったことが、それら研究を大きく推し進めた原動力になっている。
・1980年代に化学合成が進み、DNA/RNAの化学合成が完成した。現在では蛍光色素でラベルしたものや化学的に損傷したDNA、ヌクレアーゼなどの核酸分解酵素で分解されない化学修飾されたものなど多種多様な合成DNAが受託合成で供給され、特殊なものでさえ一、二週間で手に入る時代になった。6個で1年掛かったものが、今では、翌日に出来る。現在、合成核酸は遺伝情報の流れ、則ち、DNA複製や転写、遺伝子修復などの基礎研究ばかりではなく、様々な応用分野で広く使われている。
・特定の遺伝子を大量に複製するPCR (Polymerase Chain Reaction)法や変異タンパク質を得るためのタンパク質工学、体内で分解されずに遺伝子発現をコントロールするアンチセンスRNA、人工塩基対を形成する核酸オリゴマーなどの応用研究で無くてはならないものになっている。
・DNA修復酵素は、なぜ正確に損傷部を見つけるか、今でも分からないところがある。APエンドヌクレアーゼが核酸塩基の抜けた穴(AP部位)を認識していると推定。この損傷部位を見つけるときは酵素表面に露出しているトリプトファン残基がその側鎖をAP部位に挿入して、損傷DNAと複合体を形成する初期酵素基質複合体が形成されることを明らかにしている。そのご、修復はAPエンドヌクレアーゼによって行われるが、そのトリプトファン残基はヌクレアーゼ活性発現には関係していない。
・最近では、人間などの遺伝情報が書き込まれたDNAをデジタルデータの記録媒体に使う”DNAストレージ”について、実用化研究が本格化したとの報道がある。日本はDNAシーケンサー(DNA配列の読み取り装置)の開発ではその基礎技術と構想はあったものの、対応が後手に回り遅れ、今や米国企業が市場を席巻している。核酸の研究は分子生物学や医薬品開発の分野はもちろんのこと、遺伝病の遺伝子レベルでの解明、作物の品種改良、異分野との融合等に広がり続けている。これからもいろいろな医療の領域や産業の振興・イノベーションにも益々役立っていくと思われる。
Q&A
Q1:<トマトの遺伝子改変について>東海林
遺伝子改変を行う企業は、農薬とその農薬に耐性を持つように変遺伝子操作を行った種子をセットで販売している。(モンサント等)
A:遺伝子操作を行うことにより特殊な機能を持つトマトを作製できる。従来の育種の手法では特殊な機能を持つトマトは作製できない。
Q2:<山繭の利用について>田中
A:カイコは家畜化されていて、人間の手が入らない状態ではカイコは生存できない。カイコに対しては人工の飼料もある。山繭については家畜化・機械化が難しく、綺麗な絹はできるが、生産性を上げることがなかなかできていない。
Q3:<遺伝子組み換えについて>深萱
植物のアグロバクテリウムによる遺伝子組み換え方法に相当するような、遺伝子組み換えの、動物への導入は有るか?
A:ウイルスによる感染などを活用する方法となるだろう。
Q4:<DNAについて>深萱
DNAの設計図は一生変わらないと認識しているが、経時的に相当する蛋白質などの量が変わるのは何故か?
A:遺伝子にはタイムライン(タイマー)によるプログラミングも含まれていると思われる。
Q5:<遺伝子の形状について>深萱
何故塩基は4種の配列なのか。3重螺旋とかないのか?
A:何故4種の塩基かは解らないが、最小限の組合せで複雑な遺伝情報を構成できている。6種類、8種類と塩基の種類が増えても帰って、ミスマッチなどの間違いを起こす可能性が増えるのではないだろうか。三重螺旋については、存在するが、二重螺旋にDNAがくっついている状態であり、遺伝情報の担い手として機能しているという訳ではない。
Q6:<遺伝子の損傷探査>深萱
物理的に穴を探索するというが、塩基配列の塩基種により電位差が有り、その種別を見て
いるのでは無いか?
A:物理的なスキャニングは、DNA鎖に沿ってなぞっているか、ホッピングの様に全体として酵素がついたり離れたりして探索するという説も有る。認識される損傷部位の塩基配列に特異性がない。また、いろいろな化学構造をもつ損傷部位に働くことなどから、電位差による探索は使っていないと思う。
Q7:<医薬について>多田
核酸系の医薬が開発されているが、なぜサケの白子か。
A:天然材料のDNAにこだわる理由は特にない。サケの白子から安価に取りだし易いため。
以上
(記録者 水越 正孝)