科学技術者フォーラムH27年5月度セミナー報告「人工関節の40年」
2015年 05月 20日H27年5月度(第155回)セミナーの報告
1.日時 :2015年5月16日(土) 14:30〜16:50
2.場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F 第4講習室
3.参加者:39名
4.題目 :「人工関節の40年」
5.講演者:北里大学医療衛生学部 医療工学科 臨床工学専攻 教授 馬渕 清資 氏
<講演要旨>
1.はじめに
・関節とは、人体の部分名ではなく、骨間の継手機能を表す名称である。したがって、人口関節には本来の形状はなく、どのような形にするかが議論の対象になっている。
・人工股関節、膝関節等の人工関節は現在、年間10万件程度製作、出荷されているが、その9割は海外向けである。
・人工関節の研究開発者は圧倒的に医学系が多く、現在では人工関節学会の評議員100人のうち工学系は1人である。
2.人工股関節
・J.Charnleyは1959年に人工股関節を開発し、人体に入れた。人工頭骨はステンレス鋼製、人工臼はPTFE製であったが、摩耗が激しく、人工臼をUHMWPE(超高密度ポリエチレン)製に替えて、性能を向上した。骨頭径は小さく22mmであり、固定には骨セメントを使用した。またJ.Charnleyは関節の潤滑は境界潤滑であるとの立場から、人工頭骨径を極力小さくした。
・前澤は1968年に軸旋型人工股関節を開発した。人工頭骨はステンレス鋼製で、径は38mm、人工臼はUHMWPE製であった。人工関節の固定は打込みで機械的に行った。
3.人工関節の潤滑状態
・1973年に笹田・前澤はヒト膝関節の摩擦を測定した。その結果、摩擦係数は0.01以下であり、流体潤滑状態が実現されていることを明らかにした。
・1978年に人工股関節の理論計算を行った。本理論は、UHMWPE材料の弾性変形を考慮し、くさび膜効果とスクイーズ効果を入れたものである。得られた結果から、関節を形成する摩擦面の表面粗さより十分厚い流体膜が形成され、流体潤滑状態にあることを明らかにした。
・人工股関節シミュレータを開発し、1972〜1975年に前澤式人工股関節についての耐久試験を行い、耐久性が十分にあることを確認した。
4.人工膝関節
・西ははめ込み型人工膝関節を開発した。その摩擦面は単純な円筒面であり、適合性を高めて接触面圧を低減する構造にしている。大腿骨側はCOP(析出硬化型)合金製、脛骨側はUHMWPE製である。
・1973〜1978年に、西式はめ込み型人工膝関節について人工膝関節シミュレータによる耐久試験を実施し、耐久性を確認した。
・西式はめ込み型人工膝関節は、30年経過の抜去例で目立った損傷がなく、非常に優れたものであることが明らかになった。
5.人工膝関節の摩擦状態
・関節液は、水の粘度の10000倍程度で、非ニュートン特性を示す。
・人工膝関節につき、1992年に力覚制御ロボットアームを利用した摩擦測定を行った。静止して立った状態での摩擦変化を測定して時間依存性を調べ、スクイーズ効果を明らかにした。
・膝関節に加わる荷重は体重の10倍程度で、6000〜7000Nであり、場合には20倍程度のこともある。そこで骨頭径は通常40〜50mmとし、面圧を下げ、かつ流体潤滑になり易いようにしている。
6.人工関節の固定方法
固定には歯科用骨セメントを使用することもあったが、毒性問題が生じたので使用を中止し、プレスフィット打込みで行っている。この方法は術中骨折があるので注意を要する。
7.人工関節の材料
関節の流体潤滑を実現するためには、摩擦面間のすきまを小さくする方法もある。特に硬くて弾性を期待できない材料の組合せであるセラミックス同士、あるは金属同士(例えばCo-Cr-Mo鋼)の場合にはすきまを10μm以下にすることで、摩擦係数を0.01以下とし、流体潤滑を実現できる。
8.バナナの潤滑―イグノーベル賞
関節の潤滑がバナナの皮の潤滑に似ているということから、バナナの潤滑について研究した。バナナの皮を外側から踏みつけることで、バナナの内側の小胞内にある粘液が出てきて、それが潤滑膜を形成してすべりやすくなることを解明した。この結果を、笑いを込める内容に仕立てて、イグノーベル賞を受賞した。
<感想>
機械技術者として大変興味深く拝聴させてもらいました。工学者と医学者との共同で人工関節の潤滑状態を次々と解明していったことは非常に大きな成果ですが、それが医者の世界になかなか受け入れられないということで、非常に苦労されたと思います。
通常の機械で使用する軸受とは異なり、人工関節の潤滑ではスクイーズ効果が支配的であり、弾性材料を効果的に利用して流体潤滑の実現を容易にすることが重要な技術であり、また関節液という粘度の高い液体が体内に存在していることが流体潤滑の実現により効果的であるということだと思いますが、あらためて人体の素晴らしい機能に驚きました。
以上
(報告者:木村芳一)