H27年2月度セミナー報告「食の力で健康寿命の延伸を」
2015年 03月 10日H27年2月度(第152回) セミナー報告「食の力で健康寿命の延伸を」
1.日時 :2015年2月7日(土) 14:00〜16:50
2.場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F
3.参加者:42名
4.題目 :「食の力で健康寿命の延伸を」
5.講演者:東京大学大学院農学生命科学研究科
教授 佐藤 隆一郎 氏
<講演要旨>
健康寿命の延伸を目指すには食生活、運動生活の健全化につとめる必要がある。食生活についてはヒトがなぜ進化出来たかの理由を<食の機能と人類>で、研究室の基礎研究成果を食健康科学に生かし有用食品成分を見出した過程を<生活習慣病と食品>で、また加齢に伴い運動習慣の持続が困難になるが、そんな際の運動機能の一部を代替する食品については科学的エビデンスを集積中であり<運動機能と食品>でご紹介ご頂きました。
●食品機能としては、栄養素としての一次機能、嗜好面での二次機能、そして生活習慣病や慢性疾患の発症リスク、疾病に罹患するリスクを遅らせ、低下させる機能 三次機能の3機能がある。
●<食の機能と人類>:火をコントロールし加熱処理した食品を手にした人類は、脳の容積を増加させ、自らの進化に成功した。ホモサピエンスが生物進化の頂点に立ち、繁栄していることには「食」が強い結びつきを持っている。21世紀は食の安全、食料問題などの「食」の重要性を認識する必要がある。また、二次機能の嗜好面では、日本で発見された「旨み成分」が上げられる。
●高齢化社会日本の医療費及び主な死因別の死亡率の年次推移を見ると、生活習慣病が急増していることが分かる。原因は動物性脂質の摂取量の圧倒的増加、更に慢性的な運動不足であり、食事からのエネルギー摂取過剰(飽食)はここ70年間ほとんど認められない。
●21世紀の日本としては、健康及び未病状態の高齢者が構成する高齢社会を目指す。そのためには、食生活を改善し、また食品の機能を活用して肥満を防止し、運動習慣を身につけることである。
●日本人がスリムな割に糖尿病発症率が高いのは、飢餓時代の名残のエネルギーを効率よく脂肪として蓄える倹約遺伝子が多数あることが原因。今は飢餓でなく飽食時代。
●コレステロール:20%は食事から80%は肝臓で合成される。LDL(悪玉コレステロール)は、肝臓で合成されたコレステロールを、末梢組織に供給する。 HDL(善玉コレステロール)は、コレステロールを末梢組織から除去し、肝臓に転送する。コレステロールは本来細胞膜の構築や維持に必要であり、正常状態では血中のLDLの2/3はアポ蛋白を介し細胞のLDL受容体に結合して、細胞内に取り込まれ代謝・利用される。
●生活習慣病の高血圧や糖尿病などは血管に負担をかけ、動脈硬化の大きな原因になっている。負担により血管の内皮細胞に傷がつくと、血液中のLDLが内膜に入り込み、そこで酸化を受けて酸化LDLに変化し、それが引き金になり内膜に沈着物となってたまり、内膜はどんどん厚くなり、動脈硬化(プラーク)となる。プラークができると、血流が悪くなり、血管が少し収縮しただけで血流がとだえて、その血管により酸素や栄養が送られている心臓や脳に症状が起こる。HDLはプラークからコレステロールを抜きとることで、動脈硬化を解消する方向に働く。
●アメリカでの研究時代:コレステロールは食事から吸収する量が増大すると生合成は抑制され、吸収量が減ると合成は亢進する。この調節機構を解明したノーベル賞受賞者のゴールドシュタイン、ブラウン両先生の研究室でコレステロール代謝調節について研究した。その結果、代謝調節に関係するLDL受容体、細胞内のコレステロール合成遺伝子の発現の制御は小胞体上の膜結合型の SREBPタンパク質により行われることを発見した。
●これらの代謝調節に関する研究成果から派生したコレステロール合成系、またLDL受容体発現量を調整する抗動脈硬化の薬剤が治療薬として汎用されている(例 スタチン)。
●<生活習慣病と食品> 2004年からの佐藤研における基礎研究と食品科学研究は三次機能を追求したものである。in vitro培養細胞については分子、遺伝子レベルの解析を、一方in vivo病態を発症するマウスについては肥満・脂質代謝・脂肪細胞・骨格筋の基礎研究を行い、脂質エネルギー代謝を制御する標的分子、遺伝子の解析・決定した。また食品ライブラリーとして、300種の成分精製化合物を得て遺伝子工学的手法のアッセイ系を構築し、機能性食品化合物を探索して、細胞レベル及び動物を用いて機能性を検証してヒトへの応用を考えた。
●抗肥満、インスリン感受性増進効果を有する食品成分探索を進行中である。面白い結果が出てきている。
●肝臓におけるコレステロール合成系とコレステロールが抱合型胆汁酸になる異化の系に着目した。摂食すると出る胆汁酸は、小腸上部で脂肪性成分の消化・吸収を助け、小腸下部ではTGR5に結合しインシュリン分泌・感受性を増進するGLP-1分泌を促す。また血中に入った胆汁酸は骨格筋(ヒト)で、脂肪燃焼、熱産生を介して抗肥満効果を発揮する。
●TGR5リガンドを活性化する食品成分探索として約160種の成分を評価した。活性があった柑橘類成分のNomilinは肥満マウスを用いた試験で、血糖降下、抗肥満作用のあることが示された。実用化を目指し食品企業と共同研究を進めている。
●<運動機能と食品>
平均寿命と健康寿命の差は拡大し、「運動障害」により要介護になるリスクが高くなる。何らかの対策が必要となる。運動による代謝改善の分子基盤を解明し食品科学研究を通して運動機能の一部を代替する「運動機能性食品」の創造を佐藤研究室で展開中。
●運動による代謝改善の分子基盤:運動すること=筋肉を収縮、弛緩させることであり、運動することでATP消費→AMP/ATP比上昇→AMPKが活性化する。インスリンとAMP Kinaseは異なる経路で糖の取り込みを促進する。
●AMPKが活性型になると細胞へのグルコースの取り込み上昇による血糖値の低下、血中中性脂肪の低下及び脂肪酸合成・コレステロール合成低下による脂質減少、また脂肪酸酸化の上昇によるエネルギー消費上昇→痩せる方向が考えられる。カテキン、レスペラトロールなどで効果の可能性がある。
●「運動機能性食品」の可能性:運動は脂質代謝改善関連遺伝子の発現を促進することが報告されている。AMP Kinase活性化剤 AICAR投与により運動時と同じ遺伝子発現が増加した。マウスの運動させた場合も運動なしマウスにAICARを投与した場合も共通の遺伝子発現が上昇し、マウスの運動持久力は増進した。カテキン、レスペラトロールなどもAMP Kinaseを活性化する。高齢化社会においては、運動機能の一部を模倣(代替え)する機能を持つ食品成分も活用し、健康寿命を延伸することが必要となろう。
Q&A
Q1:柑橘成分の血糖降下、抗肥満のお話があったが、有効濃度は?
A:まだ不明。これからヒトでの検証実験を実施する予定。
Q2:カテキン(お茶)やレスペラトロール(ブドウ)のに運動機能性食品の可能性ありとのことであったが、直接効果か間接効果か?
A: AMP Kinas活性化を通じた間接効果である。
Q3:ヒトが加熱処理をするようになった歴史の中でノドグロミツオシエという鳥の話があり、ヒトとの共生の話があった。
A:ヒトが意図して火を使うようになり、いぶして蜂蜜を得ることを覚えた。ノドグロミツオシエは蜂の巣(蜜蝋)が大好きで名前の通りヒトに場所を教える。ヒトは蜜を食べ、鳥はおこぼれの蜜蝋をもらえ,共生関係となった。100万年以上前からと推測される。
Q4:今日お聞きした成果の商品化の時期は?加速化は?
A:商品化は柑橘累系(苦味あり)では数年以内でのサプリメント化を進展中。機能性食品の食品表示の法律が整備されつつあることで加速化はする。それを満たすにはいろいろお金のかかるハードルもある。骨格筋に対する機能性食品化については今後に期待したい。
Q5:日本では高齢者が急激に増加しているが、将来展望は?
A:総人口が減少するので、高齢者の割合は増加する。社会基盤の整備が必須になる。医療費増加を抑制するには、食習慣・運動習慣改善により疾病発症を遅延、予防することが必須である。食の力を生活習慣病、運動機能の代替えにして健康寿命を延伸したいと考えている。
以上
(記録者 後藤幸子)