H25年7月度セミナー報告「医療ニーズに基づいた金属材料の生体機能化」
2013年 07月 09日H25年7月度(第133回) セミナー報告
1.日時 :2013年7月3日(水) 14:00〜16:40(実績17:00分)
2.場所 :品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F 特別講習室
3.参加者:講演37名、懇親会20名
4.題目 :「医療ニーズに基づいた金属材料の生体機能化」
5.講演者:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 所長
金属生体材料科学分野 教授 塙 隆夫氏
6.結果記録文責:宮崎高嶺
冒頭、セミナー担当・司会の児山豊氏より、今後のセミナー予告があった。
8月6日(火):機能水、9月6日(金):マイクロ波技術、10月9日(水):内容未定、
11月12日(火):内容未定、12月12日(月):植物工場
講演要旨
金属材料は典型的な人工材料であり生体機能がないにもかかわらず、優れた強度と靭性から依然として多くの医療用デバイスに使用され、体内埋入型デバイス(インプラント)の約80%を占めている。ステント、クリップ、塞栓コイル、ガイドワイヤーなどの循環器系デバイス、人工関節、骨固定材、脊椎固定器具などの整形外科デバイス、歯科修復物、義歯床、歯科矯正用ワイヤー、歯科インプラントなどの歯科デバイス、診断・治療器具、医療器械の躯体として、金属材料は必須であり、これらの医療用デバイスでは、力学的信頼性の点から金属を他の材料で代用することはできない。
しかし、金属は人工材料であるが故に、生体適合性、生体機能性の面での課題が多い。そのため、 (1)人工股関節のステム、カップ,歯科インプラントにおける骨形成、骨接合、(2)歯科インプラント、矯正用インプラントアンカー、経皮デバイス、創外固定器のスクリューにおける軟組織接着、(3)ステントなど血液接触デバイスにおける血液適合性(抗血栓性)、(4) すべてのインプラントデバイスにおけるバイオフィルム非形成といった性質を付与するために表面処理が必要になる。表面処理法は、一般にドライプロセスとウェットプロセスとに分類される。また、化学的接着と機械的嵌合のいずれを目的としたものかによる分類ができる。
一方、結晶構造に起因する性質については、合金組成、加工・熱処理プロセスによって、解決する必要がある。Zrは比強度が大きく、耐食性に優れ、細胞毒性が低く、磁化率が小さいことから、医療用材料として有望である。Tiのようにリン酸カルシウムを自発的に生成しないため、骨形成が必要な箇所に使用する場合には注意を要するが、カソード分極による電気化学的アルカリ処理やMAOによって骨形成能を付与することが可能になっている。また、Zr-Nb合金、Zr-Mo合金では、磁化率をTiの1/3以下に低減させることに成功しており、MRI対応合金としても有望である。
特記事項
講演内容要旨は、上記(事前予告に同じ)に簡潔に言い表されているが、スライド数60枚に及ぶ配布資料に加えて追加的資料のご説明もあり、相当に多岐に亘って各論も含めた詳細な講演をいただいたので、以下、特記すべき事項を補足として記録する。
0.演者紹介は省略されたが、北海道大学工学部金属工学科を卒業後、同大学歯学部助手、徳島
大学歯学部助教授、科技庁金材研、物質材料研究機構の各要職を経て、2004年東京医科歯
科大学生体材料工学研究所教授、2011年同学同所所長就任、現在に至る。1989年歯学博士
(北海道大学)、1998年工学博士(東北大学)取得。
1.冒頭、1928年日本初の歯科医学校として発足後、歯科専門学校、新制大学の設置後、1951年に歯科材料研究所設置、1966年医用器材研究所に改組し医用材料の研究開始、1999年生体材料研究所に改組・改称に至る経過が説明された。現在、13の研究室があるが、内3つが材料関係で、金属、無機、有機の各材料が研究されている。研究は、バイオセンサー、人工臓器、再生医療等応用面にも及ぶ。
2.各種医用材料の実用化状況概略が、「医療用デバイス、人工器官、人工臓器」と題する人体
図によって、分かりやすく理解された。歯科、コンタクトレンズ、人工関節類では実用化が
進んでいるが、肝臓、腎臓等は実用化の見当もついていない。研究レベルでの話しと実用化の可能性とは別物であり、これらが混在してみられ、論ぜられる傾向にあるので、飛びつく際にはその目で見ることが肝要。
3.金属系の生体材料は、セラミックスが人体硬組織の無機成分・生体適合性、高分子が人体組織と器官の生体分子成分・機能性と見做されているのに対して、金属は、人体内に存在しない・毒性なもので、できるだけ使わないほうがいいとみられている。しかし、高分子でも果たして毒性がないのか?
4.またこれら材料はハードマテリアルとソフトマテリアルとに大別されるが、生体材料の中心は、現在、ソフトマテリアル(とくにゲル、ナノキャリア、機能分子等)にあるものの、実用化されたもの、見通しのあるものは今のところほとんどない。
5.一方、体内埋入部材の約80%以上は金属製であり、高分子はむしろ体外使用が多い。整形外科では95%が金属材料である。特に、寝たきり防止のためには、健康寿命の延伸が必要であり、そのためには金属材料が必要なのが現状である。なぜ金属なのか?高分子では強度不足、セラミックスでは靭性不足、PEEK、炭素繊維等の新素材は金属との複合化または併用が必須である。また、生体分子・細胞も再生医療も、当面はしばらくはこれのみでは不可であり、人工材料との併用が必要である。
6.ついで、「金属の主な特性、種類、用途」、「主な診療科、医療器具、金属材料」の各表により金属材料の医療分野での全貌が紹介されたが、この分野の基本的知識としてよく整理されており、当該技術分野に関係する者には極めて有用なものと思われる。
7.各材料の出荷量は、Co-Cr合金>Ti合金>ステンレス鋼>その他材料>セラミックスとなっており、金属材料の優位性は明らかである。
8.周期律表の上では、Ti、Alは古くからあるが、4属、5属が比較的多い。
9.人工材料を再生医療と比較すると、保存治療が利かない場合に人工材料が使用されるが、これは高齢者等の施術後の、早期のQOL向上の必要性による。
10.人工関節のシェアーは、欧米が各45%程度に対して、日本は7%と低い。医療機器の輸
入は、外科系インプラント、メタリックステントともに8〜90%で、国産はきわめて少
ない。
11.次いで、「生体適合性改善の必要性」と題する”求められる性質”〜“適用医療デバイス”
“効果”の対比表の総括説明があり、以下それに沿って個々の用途と効果について各論的概要説明があった。詳細は省略するが、人工股関節、歯科プラント、ひざ関節、顎固定、脊椎固定等に付、使用法、問題点を含めて説明があった。
12.循環器関係については、ステント、塞栓コイル、ガイドワイヤーの例や血液適合性評価の手順、動脈瘤クリップと塞栓コイルの使用事例の紹介があった。
13.表面処理については、合金組成で対応不可の場合、例えば、耐摩耗性、骨形成、抗血栓性、バイオフィルム非形成などは、表面処理技術によって解決できるとのことである。まず、金属の表面処理・改質技術として、ドライプロセスとウェットプロセスに大別される全体像を把握できる系統図が紹介された。
・金属の長所は骨形成促進、弾性率低下できるが、強度低下と靱性低下が端緒である。
・現在行われている(研究開発されている)表面処理技術は、表面粗化、薄膜形成、表面改質、生体機能分子の働きによる方法に分類できるが、殆どが研究段階であり、商品化されていうものは容赦、ブラスト、表面多孔化、酸処理、電気化学的被覆がわずかに実用化されているにすぎない。
・バイオフィルムによる感染症の生起はインプラントの成否に影響し、菌が一つだけでもフィルム形成の原因となりうる重要な問題であるが、その発生メカニズムは分かっているものの(説明があったがここでは省略)薬剤では対応できず、機械的処理のみしか対策とならない。これに対して表面処理が種々検討されてきており、PEGがたんぱく質(菌増殖の重要原因)抑制作用があることから、PEGの末端をアミンで修飾する方法が開発されている。
・その他、表面処理法として、マイクロアーク酸化(MAO)、プラズマ溶射、ブラスト処理等の紹介があったが、研究としては第4世代(生化学的活性表面化)まで行っているが、実用的には、第2世代(形態制御表面)で停滞している現状である。
・以上の話に加えて、骨折内固定材の仮骨形成抑制、軟組織適合性(医療用デバイスとその問題)が表面処理技術の応用として紹介された。
14.最後に、広範囲な疾患診断に有用なMRIに障害とならないためのジルコニウム合金の開
発が進められていること、また、医療機器のクラス分類と規制について説明があり、他の応用分野の材料との違いは、この規制があることであり、申請から認可までに10年もかかるという実態にありので、その間経営的に耐えられることが要求されるとのことである。なお、チタン合金は、アルミ溶出、ひいては全身不調の例は一例もなく、又溶出しないことが完全に調べられてもいるので、何十年にわたって安全であるといえるとの見解が述べられた。
ともかく医用材料は、イメージは華々しいが、本格的に取り組むにはリスクも高く、長期に開発が渡るので、成功以前に立ち消える例が多いことを認識すべきであるとのことであった。
感想
本分野は、いわゆる医学が薬学、或いは人間学乃至は心理学との強いかかわりの中にある
のに似て、材料工学とのかかわり、さらに、施術技術との関係が三つ巴の形にあり、相当
多面的な取り組みが必要とされることが印象深かった。講師の塙先生が、歯学、工学の二
つの学位を取得されていることもこうした背景のゆえであろうし、むしろ必要なことなの
であろう。改めてこの学界、業界の多角性を認識させられた。
たまたま本記録作成者は、現役時代に人工歯根材、或いは歯科充てん剤の開発に携わったことがあるが、当時の技術レベル、又患者の人工医用材料に関する関心やニーズは隔世の感がある。それは実際に治療を受ける医療現場にも接してみると、セレックシステムの導入、普及のように、この分野の進歩はITとの結合もあって、急である。今後のさらなる開発の進捗と材料、施術の高度化を期待したい。