H24年10月度(第124回)セミナー報告「日本における糖質研究」
2012年 11月 01日科学技術者フォーラムH24年10月度(第124回)セミナー報告
1.日時 2012年10月6日(土) 14:00〜16:30
2.場所 品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F 第3講習室
3.題目 「日本における糖質研究」
4.講演者 谷口 肇 氏
石川県立大学名誉教授(元農水省食品総合研究所 所長)
講演要旨
デンプンからのブドウ糖の安価な生産、甘味向上のための異性化糖生産、そして代謝調節機能を持つ物質としてのオリゴ糖の生産までを戦後食品産業の発展をたどりながら、世界をリードし続けている日本の糖質研究の現状をご紹介頂いた。
> デンプンはブドウ糖が十万から百万個鎖状につながったもので、多くの植物の貯蔵エネルギー源として、種子、根茎、幹に蓄えられている。約10万年前、人は火を使うようになった。食料として採取した種子、根茎の生デンプンは加熱することで糊化デンプンとなる。糊化デンプンはヒトのアミラーゼで分解され、ブドウ糖となって小腸で吸収され、細胞に行き渡り、ATPが生産される。ヒトが火を使って糊化したデンプンを摂取できるようになったことで、細胞のエネルギー源のATP供給が円滑になり、大量のATPを消費する脳(全ATPの1/4を消費)の発達を促し、人類が進化する基となった。
糖質から見た戦後の後の食品産業の発展は、1950-60年、1970-80年、1980年-、1995年- の4期に分けて考えることができる。
> デンプンからブドウ糖の生産
植物体のまま(例 さつまいも)では貯蔵できないが、デンプンにすれば貯蔵できる。1950-60年代デンプンからのブドウ糖生産技術が確立した。即ち耐熱性αアミラーゼ、グルコアミラーゼを利用して、パイプ内で酵素を含んだデンプン懸濁液とスチームを合わせ、糊化と同時に液化を行い、高収率でブドウ糖が得られるようになった。
> 異性化糖の開発
1970年代、異性化糖製造技術が確立し、澱粉工業が確立した。
固定化グルコースイソメラーゼを詰めたカラムにブドウ糖液を通すことで、異性化糖(ブドウ糖と果糖の混合物)が得られ、さらにイオン交換カラムを通すことで果糖含量の高い異性化糖が得られ、清涼飲料水の甘味料として用いられるようになった。この酵素は、食品総号研究所と微生物工業技術研究所の成果として特許化され、欧米に導出された。異性化糖が日米欧での呼び名が異なるのも面白い。
> これら技術の発展を反映して、デンプン生産量はその都度、格段に増加した。原料は1970年代以降、ほとんどがとうもろこしである。
> デンプンの用途は異性化糖などの糖化原料が、61.5%であり、その他は工業用(例 接着剤、ダンボール)や食品用(例 片栗粉、ビール、水産練り製品、調味料)に使われている。
> 砂糖の消費量は文明のバロメータと言われたが、1970年代がピーク、以後減少している。これは、より安価な異性化糖が砂糖におき代わったことと、肥満など健康意識の高まりから、砂糖の消費が控えられたためである。
> 食品の働き(機能)として、一次機能としては栄養素;カロリー源として生命を維持する働きがある。二次機能としては感覚、美味しさ等の感覚的な働きがある。そして三次機能としては生理機能、健康を維持増進する働きがある。
> 食品の生理機能は1985年頃、食品の第3の機能として日本で発見された。栄養源にならず、美味しくもないが病気を予防し健康を保つのに有効な作用である。
> 機能性食品(Functional Foods)とは、機能成分を分離・濃縮し、それを通常の食品に配合することにより、より効果的にその機能が発現される事が科学的に立証された食品である。
> 特定保健用食品(Foods for Special Health Use)とは、具体的な機能を表示できもので、試験管、動物、ヒトでの試験結果などで機能が証明された食品として厚生省(当時)に認可された食品で、商品に認証マークを添付できる。この制度は1991年9月に始まった。
> 特定保健用食品として認可される食品の機能としては、以下の7つがある。1)整腸作用、2)コレステロールの低下、3)血糖の上昇を抑制、4)血圧の上昇を抑制、5)ミネラルの吸収促進(骨の強化)、6)虫歯予防、7)中性脂肪の低下。
> 特定保健用食品の売上は1997年1,325億円だったが、市場は成長・拡大し、2005年では6,299億円に伸びている。
> オリゴ糖ワールドの展開:注目されるのは、特定保健用食品の制度の発足以来日本で種々の機能を持つオリゴ糖(機能性オリゴ糖)の開発が精力的進められたことである。オリゴ糖はグルコースなどの単糖が2-10個グリコシド結合したものであるが、これらのオリゴ糖に見出された機能としては、1)整腸作用、2)非(抗)う蝕作用、3)ミネラル吸収促進作用、4)血糖調節作用、5)コレステロール抑制作用、6)免疫賦活作用、7)腫瘍抑制作用が挙げられる。
> オリゴ糖の整腸作用については、フルクトオリゴ糖のヒト試験の結果が特に有名である。摂取後の腸内細菌フローラを経時的に解析した。5-6%だったビフィズス菌の支配分布は摂取により25%にまで増加し、中止すると菌は暫時減少すること分かった。
> 製造技術に関しては、このフルクトオリゴ糖は微生物から分離した、転移活性の高い特殊なインベルターゼを用いて、ショ糖から生産する技術が明治製菓によって確立された。家畜への作用も同じなので、現在は飼料用としての需要が多くなっている。
> フルクトオリゴ糖以来、国内で市販されている主たるオリゴ糖は13種あるが、その内11種は酵素反応で製造されている。原料としては、デンプンが多く、ショ糖を利用しているものもある。
> 私が開発したオリゴ糖について2件紹介する。一つはグルコシルキシルロシドで、砂糖に非常によく似た構造を持っており、これをイソメラーゼと加リン酸分解酵素を組み合わせて砂糖とキシロースから合成する方法を開発した。この2糖は、砂糖(ショ糖)に比べ、甘味は70%、カロリーは1/3であり、砂糖とは異なり虫歯菌に利用されず、従って虫歯になりにくい糖であることが分かった。
> もう1つは砂糖からのセロビオース(2個のブドウ糖がβ1,4)の生産である。イソメラーゼと2種の加リン酸分解酵素を組み合わせて、砂糖をセロビオースに変換する技術を開発した。セロビオースはカロリーゼロで、甘味はないが、ビフィズス菌増殖活性があり、整腸作用を持つオリゴ糖であることが分かっている。
> 残念ながら、何れのオリゴ糖もまだ実用化には至っていない。
> トレハロースは2個のブドウ糖がα-1,1結合した糖で、酵母や昆虫に含まれることが古くから知られ、これらの生物の耐糖性やの耐寒性に関与しているものと推察されていた。その生理機能が注目され、抽出法または酵素法によってこの糖を大量生産する試みが行われて来たが、何れも実用化するには至らなかった。酵母から抽出して研究され、産業化もされたが高価であり、利用は限られていた。
> 1995年、林原(株)は、デンプン(α1,4グルカン)の還元末端をトレハロース構造に変えるグリコシルトレハロース生成酵素とそのトレハロース構造部分を切り離していくトレハロース遊離酵素の2つの酵素を発見して、デンプンから非常に高い収率で高純度のトレハロースを安価に大量生産することに成功した。甘さはショ糖の半分で、機能性オリゴ糖の代表で、ビフィズス菌増殖、ミネラル吸収促進、タンパク質保護作用(乾燥しても死なない)、移植臓器の保護作用、などがあり、食品の分野ではデンプンの老化防止作用が強く、様々な食品に広く利用されている。(従来の1/100価格で数百円/kg)
> その他、デンプンを出発原料に種々の環状構造オリゴ糖、また枝分かれ構造の多糖類の製造方法も次々と開発されており、それらの製造に関与する新規酵素類の研究も進んでいることが紹介された。
● 記録者の印象:日本の伝統的発酵技術(先人の知恵・技術)を元に、ブドウ糖の大量製造、異性化糖そしてオリゴ糖の産業化に進化させて来た研究者、企業人の熱意を感じ ました。
以上(記録者 後藤幸子)