H24年6月度(第120回)セミナー報告「ヒトを含む生命科学の現状と課題」
2012年 07月 13日科学技術者フォーラムH24年6月度(第120回)セミナー報告
1.日時 2012年6月6日(水) 14:00〜16:30
2.場所 品川区立総合区民会館「きゅりあん」 5F 第3講習室
3.題目 「ヒトを含む生命科学の現状と課題」
4.講演者 浅島 誠 氏
(独)日本学術振興会 理事
(独)産業技術総合研究所フェロー 兼 幹細胞工学研究センター長
東京大学大学院総合文化研究科特任教授
講演要旨
前半:
・ヒトを含む生命科学の現状と課題として、まずは日本が抱える課題・現状の事例の紹介があった。若者と科学に関連することでは、1)若年者の意識・価値観の変化、2)理科離れ、そして深く考えることや知的冒険心の欠如、3)IT化と思考パターンの変化、情報過多の問題、そして若者の死因として自殺が多いことは人とのコミュ二ケーション力、忍耐力が弱くなっていることが関係しているのでは?との考察があった。
従って今こそ???への問いかけ、考える力を養う教育の再興が必要であるとのお話がありました。
・生命科学の歴史 それぞれの科学者の大きな発見に至る過程がお聞きできました。観察眼となぜ?の冒険心、こだわりを持続させ発見につながったお話、ワクワクしてしまいます。
1) 自然科学の祖 アリストテレス、2)心臓器官説 ハーヴェイ(「すべては卵から」、と発生学でも大きな足跡有り)、3)形態学の創始者 ゲーテ(詩人、劇作家、小説家だけでなく、自然科学者、政治家、法律家でもあった)、4)実験発生学の祖 ルー、5)胚誘導の発見者 シューマンとマンゴールド、6)DNA二重らせん構造の発見 ワトソンとクリック、7)動く遺伝子(トランスポゾン) マクリントック、8)クローン羊ドーリー誕生 ロスリン研究所 9)そして生命科学の顕著な進歩(クローン羊ドーリー,ips細胞、冷凍マウスからクローンマウスの誕生、ヒトゲノム解読)と進んできました。
・生命科学の著しい進歩、生命を生み出研究では生命倫理の確立が必要となります。そしてこの著しい進歩により研究世界の市場化と競争主義が進展していますが、研究における倫理教育、科学者の行動規範を早急に確立していかないと、学問の自由と活性化が図れない現実があります。そのためには教育です。
・日本の大学の現況の問題点では、法人化後の環境変化、資源配分、少子化と学間の競争等の紹介がありました。
後半:
浅島先生の研究領域、発生生物学のお話です。浅島先生の最終講義、
http://ocw.u-tokyo.ac.jp/courselist/572.htmlのビデオ・講義ノートも見てください。イモリ取りから始まって楽しいですよ。
・すべての動物、イモリもカエルもマウスもヒトも基本的に同じシステムで、脊索が発生過程の共通システムと動き、体内の臓器器官は分化誘導されます。
・クローン動物の作製ではG1期に導入することがキーであったことがわかりましたが、使用動物により寿命が異なることでこのG1期に至るには期間を要したようです。
・1989年、浅島先生は発生生化学のブラックボックスをこじ開けました。分化を誘導するTGF―βファミリーのアクチビンを発見しました。15年かかりました。直後、英国、米国研究者の追試験もあり、その存在が実証されました。
・アクチビンを試験管内に添加することで、アフリカツメガエルの未分化細胞(アニマルキャップ)から22種の臓器が、またマウスのES細胞からも器官が誘導されますが、アクチビン濃度依存的にできる臓器が異なります。生体でも濃度は均一ではありません。なるほどです。
・従来、もう再生しないといわれていたヒトの成体脳細胞ですが、最近の研究で、自己複製能と多分化能をもつ神経系幹細胞(神経系前駆細胞)は、成体脳において記憶・学習の基本的役割を担う海馬(アルツハイマーではここが萎縮、海馬の損傷のみで、健忘が発症)をはじめとしていくつかの部位に存在して、神経細胞新生(ニューロン新生)に寄与していることも明らかとなってきました。アクチビンの脳・神経の研究では、アクチビンによりシナプス数が急速に増加することも分かりました。
・実験進化学:進化の再現を例えば大腸菌で実施し、栄養状態で生き残るものが異なり、進化がミミックが検証されるお話がありました。
・生命科学は学際的・複合的学問になり、自己複製する人工細胞もつくれる時代になってきています。
・今後、科学の進歩と人間らしさの喪失をどう埋めるか、教養知と専門知を統合した総合知が求められます。命が作り出せる、操作できる時代になりましたが、ヒトES細胞に関する生命観はどうでしよう。研究に対する規制と連動してきますが、日本では受精から、フランスは神経形成から、アメリカは胞胚期から、また分子生物学者は原腸陥入期から(理由 卵と精子の遺伝子がこれ以降共に働くから)と命誕生の定義も国によって異なるようです。
・浅島研究室の哲学は「教育と基礎研究の重要性」、お話からもこの姿勢が伝わってきました。
・記録者の印象:持続性のある研究活動の基本はそれを支える人づくり、教育がもっと重要。そのための、特に科学的知識・認識の底上げ〜知的冒険心〜哲学を持つ若手研究者の育成のための実験の楽しさ、驚き、感激を伝える広報活動(この講演会を含めて)も、浅島先生はご自身のミッションにしている印象を受けました。
以上(記録者 後藤幸子)