第207回セミナー報告「疲労と老化を抑えるイミダゾールジペプチド」2020年9月
2019年 10月 01日科学技術者フォーラム 2019 年9月度(第 207 回)セミナー報告
「疲労と老化を抑えるイミダゾールジペプチド」
~動物の驚異的運動を支える生体防御成分~ 健やかな長寿を実現するための知恵
日 時 : 2019 年 9月 21日(土) 14:00~16:50
会 場: 品川区立総合区民会館「きゅりあん」4F 第1特別講習室
参加者:36名
講演者:柳内 延也 氏 東海物産株式会社 特別研究員 医学博士
「鶏肉からの膜分離技術を用いた高純度のイミダゾールジペプチドの製造技術」で平成30年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(技術部門)を受賞された柳内先生から、疲労や老化の発生メカニズムから、イミダゾールジペプチドが何故疲れを低減させるのか、老化も抑えるのか等について、分かりやすく解説いただきました。長年、民間企業の研究所に勤務され、研究者の域を超えた幅広い領域からのお話は大変興味深く、理解しやすいものでした。
【講演要旨】
1. 人間は何故、老化するのか
(1)ヒトは1個の受精卵から発生し、60兆個の細胞の個体となる。 2n=¬5~6×1013 n=45.4(分裂回数)
(2)細胞老化とは細胞が遺伝子DNAの再生能力を失った状態のことをさす。細胞老化は、個体そのものの老化を引き起こす。細胞再生が出来なくなることが老化の現象である。
(3)DNA複製能力喪失(細胞老化)は個体の老化として現れる。 幼児早老症(プロジェリア症候群)はDNAを包む核膜蛋白質遺伝子の異常により、安定的なDNAの複製ができなくなる。成人早老症(ウエルナー症候群)はラセン構造巻き戻し酵素遺伝子の異常でDNA複製が困難になり、DNA複製能力が喪失することで生じる。
(4)正常細胞の細胞老化の原因として有力視されているのは、テメロア説である。遺伝子DNAの複製回数には制限があるというもので、細胞分裂回数は50回という説である。テメロアとは染色体の末端部にある反復塩基配列構造のことで、染色体末端を保護する役目を持つ。DNAの片方はDNA二重鎖がほどけると同時に複製されるが、もう片方は何度もDNAポリメラーゼ(DNA複製酵素)が働くこととなり、複製できない部分が残る。それを補う為に無意味な繰り返し配列=テロメアがある。ヒトテメロアDNAは塩基が15,000個あるが、1回の細胞分裂で100個の塩基が喪失する。テメロアの塩基数が1万個以下で、複製不能となる。(15,000-10,000)÷100=50回
(5)老化制御すなわち老化を防止する方法は、遺伝子DNAの損傷、細胞死を可能な限り抑制して再生回数を(命の回数券)を節約温存することである。⇒長寿の極意である。
(6)遺伝子損傷個数は7万~100万個/日であるが、DNA修復は毎日行われ、異常細胞を排除している。DNAに損傷を与える原因は、活性酸素ROS、放射線照射、発がん性物質などの有害物質である。
(7)疲労や老化は、生体内で作られる活性酸素により起こる。この生体内産生活性酸素はヒトや動物の生命活動、運動や思考に必要なエネルギーを生産する過程で発生する。従って、ヒトが生きている限り、この活性酸素の生産を抑制することは不可能である。
(8)疲労或いは疲労感は、運動のためのエネルギー生産に伴い発生する活性酸素により、細胞が傷害を受けたシグナルである。 動物は生体に危険が生じたときに、「痛み」「発熱」「倦怠感」というシグナルを脳に伝達する。これらの生体症状は細菌が侵入した、組織が壊された、活性酸素が大量に発生したという「アラーム」の役割を持っている。
(9)活性酸素に対して抗酸化剤は万能ではない。 植物由来の抗酸化剤であるビタミンCやE,お茶カテキンは、本来、植物自らの活性酸素の有害作用を防止すために植物が作り出したものである。
・ビタミンCは塩素ラジカルと窒素ラジカルの消去には有効だが、水酸化ラジカルには効果は少ない。
・フェルラ酸、ビタミンE、クロロゲン酸(コーヒー)は水酸化ラジカルに効果あるが、窒素ラジカルには効果は少ない。
・チキンエキスや鮭エキスのアンセリンやカルノシンは塩素ラジカルに効果がある。
(10)本講演で紹介するイミダゾールジペプチドは、動物自らが作り出す抗酸化剤であり、植物由来の抗酸化剤を補強することができる。イミダゾールジペプチドはポークエキス、チキンエキス、マグロエキス、ビーフエキスなどに多く含まれている。
2.動物由来の抗酸化物質(イミダゾールジペプチド)
(1)カルノシンは1900年牛肉エキスからが発見された。β‐アラニンとL-ヒスチジンからなる、ジペプチドである。動物エキスの遊離アミノ酸分析値から、カルノシンを多く含むエキスは、ポークエキス、チキンエキス、マグロエキス、ビーフエキスであった。
(2)活性酸素により、遺伝子DNAは分解されるが、AC(イミダゾールジペプチドであるアンセリン、カルノシン)は全ての活性酸素によるDNA分解を防止した。
3.イミダゾールジペプチドに期待する健康機能
(1)疲労は脳が感じる不快感であり、精神的および肉体的活動に伴い発生する活性酸素の細胞障害アラームと考えられている。イミダゾールジペプチドの抗疲労作用はその抗酸化作用により発揮されている。イミダゾールジペプチドが活性酸素を体外に排出し、活性酸素を防ぐと疲労感が軽減する。
(2)イミダゾールジペプチドは、抗疲労、抗老化作用だけでなく、アルツハイマー型認知症の予防に有効である知見も得られている。
(3)老化防止の3原則
・運動:有酸素運動
・食事:バランスの取れた食事
・社会とのつながり。:人間関係の維持、特に言語的コミュニケーションが大切である。夫婦円満が重要である。
質疑応答
Q1.活性酸素にはマイナス作用だけでなく、プラスの効用はないのか。
⇒体内に侵入してきた異物(微生物)の分解除去や殺菌に使われる。
Q2.体内で活性酸素からの害を防ぐには
⇒悩まないこと、傷を作らないことである。
Q3.酸素は体内で活性酸素に変わる割合は
⇒7~10%である。
Q4.3種の抗酸化剤配合飲料によるヒト試験で、生体内DNA酸化障害防止効果があったが、市販されていないのか。
⇒価格が高い。来月開催の食品開発展に出展し、サンプルを配布するので、試してほしい。
Q5.イミダゾールジペプチドは腸管で吸収されるとのことだが、胃で分解されることはないのか。
⇒胃で分解されず腸管迄届き、腸管からそのまま吸収される。
(文責 大山敏雄)